第2話 千鶴 5

「千鶴、もう限界?」

 美奈は戻ってきた千鶴を、何もかもわかっているように抱きしめて慰めながら耳元で囁く。

「もう無理~」

 千鶴が動かないので、美奈と歩いていた男子たちも心配そうに取り囲む。

「な、これでわかったでしょ。あたしの千鶴は山里君の事が好きなんだ」

 千鶴は驚いて顔を上げる。周囲には藤原や川辺、森田の三人の男子がいて、千鶴の方を見てうなっていた。

「ちょっと、美奈!どういう事?」

「どうって、ちゃんと宣言しておかないと川辺君たちに悪いでしょ?」

「そんな」

 千鶴は悲鳴を上げたが、美奈が頭をなでてなだめてきた。

「だめだよ。ちゃんと話しておかないと、みんな納得いかないでしょ」

「ええ?」

 すると川辺が大きなため息をついた。

「あ~~あ!やっぱりそうか。俺ショックだな!」

 藤原も同様にうめく。森田は割と平然としている。

「でも、しょうがない。田中さんが決める事だからな。それに、今の田中さんを見ていて、俺たちじゃ最初から望みはなかったんだって思うよ」

 ファンクラブ会員ナンバー1番の川辺がため息を付く。

「ま、そうだな」 

 藤原もうなずく。

「やっぱアイドルは今まで通り眺めているだけでいいんだな」

 森田が笑いながら言った。

「いい事言うね。田中さんはみんなのアイドルだな。山里と付き合ってもアイドルよろしく」

 藤原が言うとみんなで大笑いする。

 千鶴は困ったような、でも、感動したような心持ちになった。本当に良いクラスメイトだ。

「でもさ、藤原。この後上に行ったら思いっきり叫ぶのやろうぜ!」

 川辺が言うと、藤原も「いいね、それ。青春ぽい」と嬉しそうに返す。

「ほら。周りはあんたの味方ばっかりだ。もう負けるなよ」

 美奈が千鶴の背を押して山道を登り始めた。

「うん。みんな、ごめんね。ありがとう」

 千鶴が男子に微笑みかけると、男子たちがにへらとだらしない笑顔を返してきた。


 千鶴はこれまで、特に男子と親しく接してこなかった。 美奈もしっかり睨みを利かせていた。

 更に、学校でのポジションがアイドルであり、そうした事から、自然と男子たちも、千鶴と本気で付き合おうという考えになりにくくなっていた様だ。

 男子たちは自己防衛本能からか、「付き合えたら最高だな」とは、しょっちゅう思ったとしても、それ以上の感情を抱かないようにしていた。

 だから、川辺も藤原も、表面上は大きく傷つかずにいられたのだ。

 このクラスで培われた、ちょうどいい距離感というものだった。

 今回の集まりに千鶴が参加すると聞いた時点で、ほとんどの男子が、千鶴の気持ちを察していたのである。






 こんなにも恐ろしい事があるのだろうか。

 千鶴は、どんな最悪な悪夢をも遙かに上回る、圧倒的な絶望と恐怖の中にあった。 


突然の竜巻も、これまでの人生で一番の恐怖だった。

 しかし、そんな恐怖が馬鹿馬鹿しくなるほど、恐怖は連続していって、しかもその都度、加速度的に質も、量も増大していく。


 突然の竜巻、地割れ、空から伸びてきた恐ろしい手の群れ。

 どれ一つとっても耐えがたい。

 そんな中、友人が目の前で死んでいく恐怖。

 そして、愛する気持ちを止める事が出来ないほど高まっていった山里が、地割れに落下していき、姿が地の底に消えた時の気持ち。


 千鶴には表現しようがない程、恐ろしく、悲しく、虚無感に襲われた。

 自分を引っ張り下山させようとする美奈の手を振りほどこうと、もがいていた事にさえ気付かなかった。


 一瞬前までは、胸の高鳴りと、溢れんばかりの幸福感に満たされ、明るく楽しい未来までリアルに思い浮かべていたというのに、今やその影さえも見えないくらいの絶望感が千鶴を埋め尽くしていた。



 そして、再びの竜巻。

 もはや常識など一切役に立たない、無慈悲な超自然現象だった。

 竜巻は天から伸びてきて、やまの辺りで直角に曲がり、山の中腹を刺し貫いたのだ。

 御山はえぐれ、すさまじい衝撃に美奈もろとも宙に吹き上げられて、気付いたときは山里も飲み込まれていった地割れの真上にいて、そのまま吸い込まれるように深い地の底に飲まれてしまったのだ。



 気付くと、そこは見知らぬ土地で、岩に囲まれた荒れ果てた大地に横たわっていた。

 空は赤暗く濁っていて、赤い雲が空を埋め尽くしていた。空気はひどく乾燥していて、そこかしこから得も言われぬ臭いが漂っていた。



 美奈を含めて数人の友人とは再会できたものの、見上げるばかりの大きさの、形容しがたい風貌の化け物たちが表れて、あろう事か、目の前で友人をむさぼり食う。

 次々と目の前で友人たちが無残な最期を遂げていく。

 それは恐怖と言う事すら生ぬるい恐ろしさだった。恐怖も絶望感も、際限なく二乗を繰り返していった。


 小夜子が化け物に食われた時、化け物に食われると言う事が実感として沸いてきた。

 もうすぐ自分の番になるのがリアルにわかった。

 

 決死の覚悟で自分たちを逃がそうとしてくれる川辺。彼も自分がここで死ぬ事をしっかり実感した上で、覚悟を決めたのが、その目からわかった。

 それを無駄にすまいと、美奈が千鶴の手を引いて走る。多田と本庄久恵も一緒になって先を走る。


 千鶴の後ろを走る、他校の生徒ながら、今回の集まりに参加していた夏帆と結衣が、猿のような化け物に連れ去られていったが、千鶴たちは気にする余裕すらなかった。

 千鶴たちのすぐ後ろにも、化け物が追って来ていた。

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