第2話 千鶴 6

 極限のパニックだった。

 そんな中で、なぜか不意に、千鶴の近くに山里がいるような気がした。

「山里君?」

 千鶴はつぶやいた。奇妙な確信を持って、山里が生きていて、自分の近くにいる。自分の事を何とか助けようと必死になっているに違いない、と感じた。

 山里の気配を感じると、急に胸がいっぱいになった。

 しかし、次の瞬間、これまでで一番巨大な化け物が千鶴たちが逃げていく先に出現して、山里の気配を消し去ってしまった。

 その化け物はあまりにも巨大だった。鯨のような巨体で、恐竜のような太い四本の足。胴体の上には体に比べると小さな人の上半身が乗っかっていた。そして、大気をビリビリと震わせるような巨大な咆哮を放った。

 千鶴たちを追って来ていた化け物も、その巨大な化け物の出現に驚いたように動きを止めた。


 千鶴たちの先を行っていた多田と久恵が向かい合う。二人の目には観念した色が見えた。

「本庄。守ってやれなくてごめん。俺、君の事が好きだ。生まれ変わったら一緒になってくれるか?」

 突然の告白。二人とも目から涙を溢れさせている。

 久恵は無言で多田を見つめる。多田が久恵の体をきつく抱きしめて、耳元で「愛している」とつぶやいた。

 久恵も泣きじゃくりながら多田の体をきつく抱きしめる。

 目の前に巨大な鯨の化け物が、巨大な口を開けて迫って来ている。千鶴はその瞬間から目を離す事が出来なかった。

 飲み込まれる瞬間、多田と久恵は満足そうに笑った様に見えた。

 

 その瞬間、千鶴はきつく手を引かれて、金縛りから解放された。

 美奈が手を引いてUターンし、すぐ後ろに迫ってきていた化け物が硬直している隙に、横をすり抜けて逃げようというのだ。

 ドリルのような体を持つ化け物は動く気配がなく、思いの外易々と、その横を通り過ぎる事が出来た。

 と、思った次の瞬間、最後の衝撃が千鶴を襲った。これが千鶴にとって最後にして最大の恐怖だった。


 千鶴の手を引く美奈が、急に地面に倒れ伏した。

 手を引かれていた千鶴も一緒になって地面に倒れ込んだが、美奈に起きた異常にはすぐに気がついた。

 美奈の体には首から上が無い。首から大量の血を吹き出している。

 

 のどの奥から絶叫がほとばしる。

「きゃあああああああ」

 美奈の体を抱き起こそうとするが、そうする事で美奈の死を認めてしまいそうで、その体に触れる事が出来ない。

「いやあ!美奈!美奈ぁ!」



 美奈とは小学校からの親友だった。昔は一緒にアイドルになろうなんて言って、滑り台の上をステージにして、一緒に歌ったり踊ったりもしたものだった。

 千鶴がストーカー被害に遭って、警察も何もしてくれなかった時、美奈だけが実際に動いてくれた。ストーカー行為をしていた本人を呼び出して話をしてくれた。

 美奈だって怖かっただろうに、千鶴の為に必死になって戦ってくれた。

 今日も山里との間を取り持ってくれた。


「うそでしょ?お願い・・・・・・」

 私は何か、美奈の為になったのだろうか?一つでも返す事が出来たのだろうか?ずっと甘えていただけだったのではないだろうか?

 千鶴の目から涙が溢れて止まらない。そして、今も千鶴をかばいながら、ついにはその命さえも投げ出してしまった。


 こんな無意味で理不尽で、滅茶苦茶な状況で、千鶴の友人たちが無残にも命を奪われていった。

 かけがえのない親友、美奈までこの呪わしい状況が奪い去っていく。

 せめて美奈の頭を見つけたい。すぐ後ろにはドリルの様な化け物が、長い触手から大量の血を滴らせて立っている。

 直感した。

 美奈の頭はもう無い。

 あのドリルの化け物が食ってしまったのだ。

 千鶴は立ち上がろうとしたが、もう足に力が入らない。無意識のうちに尻餅をついた格好で後ずさる。遅々として進まないが、幸いと言うべきか、ドリルの化け物はその場から動かない。

 震える足を叩いて必死に活を入れ、ようやく立ち上がる事が出来た。


 もはや自分は助からない。

 それがわかってはいるが、どうしようもなく恐ろしい。

 体が生きたがっている。

 化け物に背を向けると必死に足を動かした。

 走るのは得意だ。だが、数歩も走らないうちに背中が灼熱した。痛いと感じるよりも激しく熱かった。

 化け物の触手に爪が生え、千鶴の背中を引き裂いたのだ。

 着ていたパーカーと水着が引き裂かれて地面に落ちる。小ぶりな胸がむき出しになるが、そんな事を気にする余裕など無い。

 背中から大量の血が噴き出していた。浅い傷ではない。息が出来ない。

 必死になって体を起こす。


「山里君・・・・・・」

 つぶやきが漏れる。千鶴は自分のつぶやきに驚く。

 この状況でも山里の事が頭に浮かんだ。そして、今、不思議な事に、また山里を身近に感じていた。近くにいるのかも知れない。助けようとしてくれているのかも知れない。

 不思議とそんな気がした。

「山里君、山里君。助けて、山里君」

 つぶやきが漏れる。足に鋭い痛みを感じた。

 

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