第2話 千鶴 4
そして、翌日。快晴である。
美奈と大島行きのフェリーの前に行くと、結構な人が集まっていた。
大島は漁港から出ているフェリーで十五分程の所にある細長い無人島で、夏の時期は海水浴やバーベキューやらを楽しみに多くの人が訪れる。フェリーの前には子ども連れの家族や、若者グループ。釣り道具を持った小学生たちなどなど、みんな嬉しそうに話したりはしゃいだりしている。
そんな中に、多田たちのグループを発見する。
確かに大人数だった。
人だかりの中心に山里がいた。
やはりどこか表情が硬く、周囲から少し浮いて見えた。その浮いた感じが、千鶴にはたまらなく切ない。浮いている分は、そのまま山里の心の傷の深さなのだろう。
もう一度、自然な笑顔が見てみたい。千鶴は荷物を持つ手に力を入れた。
「千鶴、見てごらん。意外な子がいる」
美奈が耳打ちしてきた。美奈の目線を追うと、そこには根岸小夜子の姿があった。
美奈には意外でも、千鶴には予感があった。しかも、いつもの眼鏡は外して、髪型も大きく変えておしゃれに決めている。
千鶴に比べて大人っぽく、美人なタイプだったが、これだけ雰囲気を変えてくると、自分が実に子どもっぽく思えた。
薄水色に薄い黄色と薄い赤の柄が入ったパステル調のワンピースにサンダル。悩んだあげくに、代わり映えしないスタイルに落ち着いてしまったが、これで良かっただろうか?
小夜子は胸を強調したラインのTシャツにローライズのかなり短い短パンで、少し動くとおなかが見えてしまう。女らしい体型をばっちり主張していた。
真面目な委員長の姿からのギャップが激しい。中学の時も美人だとは思っていたが、体型が大きく進化していて、普段からのギャップも相乗効果で大変な強敵に見えた。
事実、男子がチラチラと横目に見ている。
顧みて、体型に
「あっちも本気だね。決めるならここで決めないとやばいよ」
美奈が不適に笑う。
「うう・・・・・・」
千鶴は思わず尻込みをしてしまう。少しだけ帰りたくなってしまう。
「心配すんな。あたしの千鶴は世界一かわいいよ」
美奈が千鶴の頭を抱えてその上から頭をなでる。
なんで、美奈はこんなに千鶴に良くしてくれるのだろうか?自分は美奈に何か返せているのだろうか?美奈に申し訳ない気持ちと、この上ない感謝の気持ちを覚える。
「私も、美奈のこと大好きだよ」
千鶴が言うと、美奈は頭を抱える手に力を入れて抱きしめる。
「ありがと。これからも仲良くしてね」
もし山里と付き合う事が出来たとしても、それで美奈と疎遠になってしまったり、美奈を顧みないようなマネは決してしないと心に誓う。
「もちろんだよ。美奈こそ、私と仲良くしてね」
「うん」
お互いに顔を見合わせてニコリと笑う。そして、集団の中に入っていった。
美奈のプッシュはすごかった。自分が戸惑ったり、耐えきれなくなって逃げ出したりしても、かまわずグイグイ山里に接近させていった。山道を歩くとき、強引に千鶴と山里の手をつながせて、自分はさっさといなくなって、気付けば山里と二人きりになっていた。
思えば、まだろくに山里と話が出来ていない。心の安定剤の黄色いハンカチもカバンの中で、今は手元に無い。
手がすぐに汗ばんできて恥ずかしい。手を離して拭いてしまいたいが、それ以上に手を離したくなかった。思わず、山里の手を握っている力が強まる。
「あ、あのぉ」
無言に耐えきれずに千鶴がやや裏返った声を出す。山里が振り返る。
「山里君、ごめんね」
手を引いてもらっていることに対してではない。美奈が強引に千鶴とくっつけようとしている事や、ほかの女子たちとの争奪戦が発生している事や、自分も結局その争いに食らいついてしまっている状況そのものに対して、山里に申し訳なく思った。
「い、いや。いいよ。道、危ないしね」
山里が表情を隠して答えた。
これまで相当強引に何人もの女の子が迫ってきたのだ。山里もさすがに状況が十分わかっているのだろう。そういった事に慣れていない様子の山里が、千鶴は嬉しかった。自分と一緒にドキドキしたり戸惑ったりしているのだ。
「ありがとう」
嬉しさが表情に出るが、もはや隠す気にならなかった。ここまで後押しされたのだ。好きな気持ちは一瞬一瞬強まっている。ほかの子がどれだけ山里にアピールしてきても、誰にも取られたくなかった。
「眼鏡ないけど、大丈夫?」
小夜子が眼鏡を外して来たのを見て、その場で慌てて千鶴も眼鏡を外していた。
「うん。ちょっと見えづらいけど・・・・・・変かな?」
久しぶりに裸眼を他人にさらしている事が妙に気恥ずかしく思えて訪ねてみた。
そもそも千鶴は目が悪いわけじゃ無いので、「見えづらい」はとっさに出た誤魔化しの言葉である。
内心では恥ずかしくてたまらないのだけど、鏡で練習した表情を作って見せる。あざといとも思うが、ちゃんと努力と研究をしたのだから、一つの成果を発表しているに過ぎない。
すると、山里が急に真顔になってぽつりとつぶやいた。
「かわいいよ」
我慢の臨界点は一瞬で突破した。山里も自分で言った言葉に驚いたように狼狽えている。
きつく握っていた手を、お互いにふりほどいてしまった。
顔から火が出ているようで両手で覆って頭をブンブン振るが、顔の熱はどうしても取り去る事が出来ない。
嬉しくて死んでしまいそうだった。
山里が時々見せる、無防備な表情が愛おしい。全てが目に、脳に焼き付いている。
「ごめん。変な意味じゃないんだ」
山里の言葉が耳に届くが、冷静さを取り戻せそうもない。一刻も早く、美奈にこの動揺を沈めてもらいたい。
「ううん。ありがとう」
返事が出来た事が奇跡のようだった。
それが限界で、一目散に後方にいる美奈の元に駆け戻ってしまった。
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