第9話 グラーダ国 2

「エクナ預言書の存在です」

「エクナ預言書?」

 蛍太郎が聞き返す。

「昨日、地獄研究家のアヴドゥル博士にお会いになりましたね」

「ああ、あの・・・・・・」

 蛍太郎は陰気で病的なアヴドゥルの顔を思い起こした。

「彼に先んじた地獄の研究者による預言書です。それによると、『深淵の魔王、すべての魔王を統べる真の魔王。巨大な魔王を引き連れてこの世に現れ出づる。この世に大いなる災いを起こし、この世の均衡を正す』とあります。それによって、巨大な手、巨大な目とともに現れた、計りがたい力を持ったルシオール様こそ、その『深淵の魔王』であるとわかったのです」

「災いと・・・・・・均衡を正す?変じゃないか?」

 蛍太郎は、自分たちの事を語った預言があるとは思いもしなかったので、自分たちが証拠であるにもかかわらず、その預言を信じきれないでいた。

「そうですね。矛盾するようですが、その真意はわかりません。エクナはそれ以上全く語らないのですから。その事で、多くの研究家たちが論理を戦わせているそうです。アヴドゥル博士の見解では、均衡をもたらすのは一つの国家による、または、その魔王自身による全世界の支配。災いは、その過程による破壊やその支配体制の後の恐怖支配によるものである、と・・・・・・」

「ばかばかしい!」

 蛍太郎はその見解を完全否定した。

「あのルシオールを見てみろ!」

 ルシオールは池に顔を触れんばかりに近づけて、浮かべた葉っぱに息を吹きかけて、葉っぱを動かしていた。

 そして、蛍太郎の視線に気づくと頷いて見せた。なんだか得意げに見える。

「あ、いや・・・・・・。何をしているのかは分からないが、あんな事に夢中になって遊んでいる子どもじゃないか。あの子がそんな事をするように見えるか?君の師匠やアヴドゥル博士、それに僕なんかよりもずっとずっと純真で素直だ。まだ何色にも染まっていない心を持っているんだ。そんな子を、勝手に悪人に仕立て上げないでくれ!」

 リザリエは眉をよせて頷いた。

「私にはわかりません。でも、私もあの子・・・・・・ルシオール様が預言書にあるような恐ろしい存在であるようには思えなくなってきています。ケータロー様も、悪い御方ではないようですし」

 最後は微笑んで見せた。蛍太郎も釣られて微笑み返した。

 つい、激してしまった事への照れ隠しに、近くにあった石を池に放り込む。

「ケータロー」

 ルシオールがその行為への抗議の声を上げた。もちろん表情も声も、何の感情も浮かべていないのだが、遊びの邪魔をした事を咎めているのは分かった。

「ごめんごめん」

 蛍太郎が謝ると、ルシオールは無言で頷いて、再び謎の遊びに没入し始めた。


「その『エクナ』って人はどんな人だったんだい?」

 この世界では未来を見通せる力も存在するのだろうか?

「実はよくわかっておりません。五百年以上も前の人物らしいのですが、一冊の預言書を残しただけです。一説によると、地獄から生きて戻って来た人物で、強大な魔王からの予言を受けて地上世界に戻されたとか・・・・・・。一般的にはその存在は記録にも残っていませんが、このグラーダ国のみが預言書を秘して警戒しているそうです」

 蛍太郎は唾を飲み込んだ。あの地獄から、生きて地上に戻ることが出来たなんて信じられない。

「私も、この国に来るまでは知りませんでしたし、実際にケータロー様たちが出現するまで知らされていませんでしたが、エクナ預言書の秘密は、グラーダ国が興る以前の王国から引き継いでいるそうです。実はこの情報も、昨夜師匠から聞かされました」

 つまりは、禁書でありつつ、その内容は半信半疑だったと言う事になるのかと、蛍太郎は軽く考えた。しかし、グラーダ二世が地獄の研究家を招いて研究していたのだから、時期的な事もその書には記されていたのだろう。

「僕の事も、その預言書には書かれていたのかな?」

 なんとなく尋ねると、リザリエは首を振る。

「いいえ。ケータロー様の事は書かれておりませんでした。なので、師匠たちはケータロー様の事をどう扱えば良いのか戸惑っているのです」

 蛍太郎は肩を竦めた。つまりは自分は只のオマケだったわけだし、事実その通りなのだろう。

 なんとなく、話題が重くなって深刻になってしまったと思い、蛍太郎は急に話を変える。


「・・・・・・ところで、女性にこんな事を聞いたら、この国でも失礼になるのかもしれないけど、リザリエさんは何歳なんですか?」

 突然の質問にも、リザリエは微笑みを浮かべて答えてくれた。

「そうですね。この国でもあまりいい顔はされないかと思います。ですが、私はその質問には、まだ躊躇なく答えられます。私は先月、十七歳になりました」

「え!」

 蛍太郎が呻いた。

「そんな!僕と同じ年?てっきり年上だと・・・・・・」

「え?」

 リザリエも困惑した表情になる。

「私も、てっきり年下かと思ってました。・・・・・・といっても、ケータロー様が人間だと聞かされてからの印象ですが」

「いや、僕の方はたぶん標準的な高校生だけど、リザリエさんは二十歳かそれより少し上に見えるよ。いや、老けてるとかじゃなくて、こう、知的な雰囲気があって・・・・・・」

 リザリエが眉をしかめるのを見て、蛍太郎は慌てて言い添える。

 しかし、リザリエが眉をしかめた理由は、蛍太郎を咎めるためではなかった。


「ケータロー様が異世界からいらした方なのであれば、種族的にも、エレスの人々とは違うのかもしれませんね。勿論、エレスにも人間種以外にもいるので、寿命はバラバラですから、そうした話は尽きません」

「違う種族?!」

 蛍太郎は驚きつつも、少し期待していた言葉に反応する。

「そうです。ドワーフやエルフ、獣人やハーフフッド、亜人などですね」

 蛍太郎が一番反応したのは「エルフ」である。ゲームや小説とかでは、耳が長い魔法が得意な美少女としてよく登場する。

 

 リザリエの話は続く。

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