第9話 グラーダ国 3

「あるいは、ケータロー様の世界とエレスでの暦の差があるとか・・・・・・」

「暦?」

 リザリエが頷く。

「エレスの暦は一年、十二か月、三百九十六日」

「それだ!地球では、一年、十二カ月、三百六十五日だ」

 地球と比べて、一年が三十一日長い事になる。

「では時間です。エレスでは一秒の長さは大体このくらいです。一、二、三」

「多分同じくらいかな」

 両者とも時計など持ち合わせていないので、正確には分からないが、大体同じ様だった。

「六十秒で一分。六十分で一時間」

 ここまではエレスと地球の時間に差異はない。

「二十五時間で一日」

「それだ!地球では一日二十四時間だよ」

 そうなると、一年間の時間差は、地球に比べて約四十七日もエレスの方が長い事になるが、蛍太郎は瞬時にそこまでの計算は出来ない。

「なるほど」

 リザリエはすぐに頭を働かせると、蛍太郎が地面に計算式を書いている間に答えを導き出した。

「ケータロー様はこちらの世界では十五歳になったばかりとなりますね。・・・・・・そして、私はケータロー様の世界では約十九歳となるのですが・・・・・・」

 さっき蛍太郎は、リザリエを二十歳か少し上と見立てていた。

「あ、その。さすが魔導師の弟子。計算が早いですね・・・・・・」

 リザリエが無言で蛍太郎を見つめる。

「・・・・・・すみません」

 蛍太郎が思わず誤ると、リザリエは吹き出した。釣られて蛍太郎も声を立てて笑った。ルシオールが顔を上げて小首を傾げて二人を見ている。

「でも、私もケータロー様の事を、十五歳よりも少し下に見てましたから。成人しているようには思ってませんでした」

 ひとしきり笑いあった後、リザリエが告白した。


 ここでまたしても疑問が浮かぶ。

「成人って、何歳なんですか?」

「国によっては十三歳ですが、大抵の国は十五歳です」

 つまり、蛍太郎もこの国では成人扱いとなる。

「僕の国では二十歳で成人でした。・・・・・・でも、国によっては違う所もあったようです」

「二十歳と言うと、エレスでは約十八歳ですね」

 リザリエの計算は早い。

「ところで、王さまがいる国じゃあ、選挙権なんてないだろうし、成人になったら何か変わる事があるんですか?儀式とか試練とか受けたりするものなのかな?」

 蛍太郎はとっさに、バンジージャンプの元となった成人の儀式をイメージした。

「選挙権とは、共和制をとっている国家の制度ですね。そうした国では、選挙権を得るには、ただ成人しただけではいけないようです。一般的に成人したら、様々な権利が得られます。結婚、職業選択、飲酒、不動産所持、その他にも、国や地域によって違いはありますが、一人前として扱われます。そして、それに伴って、責任も発生します」

 やはり、日本と類似している所と、異なる所がある。それでも、リザリエの話し方から、成人する事で発生する義務や責任は、平和な日本とは根本的に違うのは分かった。

 つまり、成人し、一人前となった者と、何の責任もないまま平和に学生生活を送っていた蛍太郎との差が、未成年の雰囲気として蛍太郎を実年齢より低く見せていたのだろう。




「ケータロー」

 ルシオールの声が蛍太郎の思索を破った。

 見ると、池の反対側から、昨日の子犬が嬉しそうにしっぽを振りながら駆け寄って来るところだった。

 ルシオールは子犬を発見すると、夢中になっていたよく分からない遊びを中断して蛍太郎に駆け寄り、後ろに隠れた。

 リザリエも顔を引きつらせる。

「これはなんだ?」

「『なんだ』って、昨日の犬だよ。きっと遊びたいだけだから、大丈夫だよ」

 蛍太郎は、ルシオールを安心させるように、子犬を足の間に入れると「よしよし」となでてやる。子犬は嬉しそうにしっぽを振る。抱き上げて、後ろで立って見ているルシオールに見せてやる。

「さわってごらん」

 蛍太郎が促すと、それに対しては躊躇する事なく触る。蛍太郎をまねして「よしよし」と言いながら頭をなでる。

「さわった」

 無感動な報告をする。

「遊んでやるんだ。待ってて」

 蛍太郎は、とりあえず犬を地面に下ろし、館に戻る。

 そして、すぐに出てきた。

 手には昨日遊びに使った丸めたハンカチと、パンを一つ持っていた。


 まず、ルシオールに小さくちぎったパンを渡す。子犬に食べさせるためだったが、ルシオールは手を合わせると「いただきます」を言って食べようとする。

「違う違う。それは子犬にあげるためのものだよ。・・・・・・ルシオールの分は他にあるから安心して」

 昨日の様に、ルシオールが拗ねてしまわないように、あらかじめ伝えておく。

 すると、ルシオールは頷いて、子犬の口元にパンのかけらを持っていき、食べさせてやった。

 そして「ぬれた」と、手のひらに付いた子犬のつばを、どうしたものかとでも言うように、ジッと見つめる。

 蛍太郎は、丸めたハンカチでそれを拭うと、そのハンカチを手渡し、投げるように促した。ルシオールは頷いて、ハンカチボールを放り投げる。とはいっても、ハンカチボールはルシオールのすぐ足もとに落ちてしまった。ルシオールはボールを投げた経験がないので、初めてキャッチボールをした幼児の様に、コントロールはめちゃくちゃだった。

 それでも子犬は嬉しそうにボールをくわえて持って来る。持っては来るが、ルシオールには渡さず、蛍太郎に渡す。

 子犬の中の順位付けでは、蛍太郎が上で、ルシオールと子犬は同等とでもみなしているようだった。

 そのボールをルシオールに渡し、またルシオールが投げた。今度は少しだけ遠くにボールが飛んだ。

 子犬も嬉しそうに走って取りに行く。

 持って来て渡すのは蛍太郎にだが、ルシオールは頷くと、またボールを投げた。

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