第7話 虚構 4

「悪いなあ。俺の所じゃ、もう人手は足りているんだ。他を当たってくれ」

 小柄な男が、言葉ほども悪びれる事なく、面倒くさそうに言った。型にはめたような決まり文句で、その言葉さえ言えば、他に文学的想像力を喚起する必要も無く用事を終えられる。

 その男が経営する酒場は小さく、人手を必要としているようには見えなかったので、ここは大人しく引き下がるより他はなかった。

「ありがとう」

 小さくつぶやく声に、男が困惑顔をする。ここは罵声の一つ二つは笑って受け流すぐらいの気持ちでいたのだが、働き口を探しに来たこの若者は感謝の言葉を述べたのだ。

 聞き間違えでないとしたら、変や奴だなぁと思って、逆に気分が悪くなった。

 まるで自分が嫌な奴のようだ。そう思ったので、男は言葉を継げる。

「おい、兄ちゃん。酒場でなくて良いなら働き口はあるぜ」

 青年はきびすを返しかけていたが、振り返って男を見る。その表情に、感情は乏しい。

「勧めはしないがなぁ。アズロイル公爵家が兵隊を募集してたぜ。隣町の外れに兵屯所がある。そこへ行けば職にはありつける。ただし、募集しているからには戦決闘ウォーゲームを起こすつもりに違いないから、命のやりとりをする覚悟が必要だがな」

 男の言葉に、青年は暗い表情で首を振った。

「ありがとう。せっかくだけど、俺は誰かを傷つけてまで金はほしくない」

 青年が力なく肩を落としたので、男はより気分が悪くなった。

「すまんなぁ・・・・・・。こんな話しかないのも、このところやたらと物騒で、あちらこちらで戦があって、このグレンネックは戦場にならねぇけど、商品の流通が滞ってて不景気なんだよ。儲かるのは貴族様と戦争屋ばかりさ」

 実際には、他にも戦争によって利益を上げている職は多い。利益が出るから戦をするし、推奨したり支援をしたりする人種が後を絶たない。

 戦争によって儲けを出している酒場も数多いが、この男の店のように、小さく場所も戦と無関係となると戦争の旨味を実感できないのだ。

 そして、大多数の市民にとっては、戦争の利益などとは縁がない。


 青年は男に手を振ると、酒場を出て行った。

 酒場を出ると、空は快晴で濃い青空が小さな雲をまとわせて、穏やかな気候を彩って表現していた。季節は早秋である。

 常夏の砂漠の国グラーダと違い、グレンネックには四季がしっかりある。

 日本のように蒸さない快適な夏が、緩やかな気温変化と共に、涼しい秋へと変化していく途中の、「一年でもっとも昼寝に適した気候」となっていた。

 そんな良い気候の中、青年は、力なく、表情も暗く、うつむいて通りを歩く。


 顔色も悪く、すっかり頬がこけてしまって、憔悴しきった表情の青年は、異世界からこのエレスの地に流れ着いた日本人、山里蛍太郎であった。

 ルシオールが連れ去られてから、すでに三ヶ月以上が過ぎていた。

 リザリエと共にグレンネックにたどり着き、広いグレンネック各地にある、アズロイル公爵家ゆかりの地を巡ってルシオールを探しているが、未だに消息が掴めていない。

 末席魔導師であるリザリエの探索魔法は、最早ルシオールには及ばない。

 探索の旅をしながら、各地に滞在中は仕事を探して回った。

 蛍太郎は情報が集まり易い酒場で働く事が多かったが、このように雇ってもらえない事の方が多く、得られる情報も少なかった。

 しかし、得られた情報はどれも、アズロイル公爵家が戦の準備をしていると言う事だ。

 四季のあるグレンネックは、冬は地方によっては雪も降る。その為、冬は戦は行わない。

 なので、戦なり、戦決闘をするからには、秋の内に行うのだろう。

 

 リザリエの読みでは、ルシオールを兵器として実験する為の戦決闘なのだろうとの事だ。

 エレス史上かつて無い巨大な力を手に入れたアズロイル公爵・・・・・・いや、その公爵を傀儡としたキエルアによる、兵器の実用実験である。

 その為、戦の相手は誰でも良いし、理由はでっち上げてしまえば良い。

 所詮貴族の娯楽なのだ。

 庶民の命など安いものだ。見物料でも充分稼げる。


 そうと知って、蛍太郎は不安と焦りに苛まれる。

 ルシオールが無事でいるのか?酷い目に遭っていないか?拷問や洗脳をされていないか?


 リザリエは、それよりは心配の度合いはやや低い。

 理性として、ルシオールを害する事は出来ないと知っているからである。 

 それでも、やはりあの愛くるしいルシオールの身を心配してしまうのは、止める事が出来ないでいた。

 だが、リザリエが今心配するべきは蛍太郎の方だった。


 ルシオールと離れて日を追う毎に、蛍太郎の顔色が悪くなり、精神的にも参っている。情緒の安定が図れていないし、この頃は毎晩悪夢にうなされている。

 更に、時々エレス公用語を話せなくなる時も出て来ている。

 ルシオールの加護が失われかけてきているのだ。


 蛍太郎はその事でも苦しんでいた。更に、経済的にリザリエに頼りっぱなしの現状にも罪悪感を感じるようで、やたらと自分を責めて、とにかく仕事を探しに行く。

 


 この時、最も苦しい思いをしたのはリザリエかも知れない。

 日毎に様子の変化する蛍太郎を心から心配し、看病し、励まし。時には罵声を浴びせかけられる事もあった。

 そんな時は、時間が経って落ち着いてから後悔しきった表情の蛍太郎が謝ってくれるので、多少なりとも慰められる。それでも、旅をしながらルシオールの情報を探し、時には魔法治療の仕事をし、衣食住を支えてきた。

 金銭的には余裕はあったのだが、蛍太郎の状態が悪化すると、宿では無く、行く先々で一軒家を借りる必要があったので、出費がかさんでいる。

 また、情報を集めたりするのにもお金を使う。

 リザリエもまだ若い。

 これほどの苦労に心が折れそうにもなったが、苦しむ蛍太郎や、あのルシオールの姿を思い浮かべる事で、かつてグラーダの池の周りで過ごした時間を取り戻すための活力に変え、どうにか前進を続けてきた。

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