第3話 第七層 5

「だ、大丈夫、田中さん?」 

 一応心配して、千鶴の全身を見てみるが、特に異常は無いようだった。

「うん。平気。・・・・・・だけど、こんな女の子、嫌だよね」

 小声で言いながら、身を縮める。だが、蛍太郎は今までルシオールと一緒にいたのだ。この程度で動じる事は無い。

「全然大丈夫だよ。田中さんは、やっぱり田中さんだし、俺は好きだよ」

 千鶴の表情が、花が開いたかのような笑顔になる。

「嬉しい!!この二万年以上頭の中で思い描いていたよりも、やっぱり本当の山里君の方が何万倍も好き!!」

 二万四千年の間に、積極性はかなり付いた様で、千鶴は蛍太郎に「好き」を連発する。蛍太郎は、それが素直に嬉しかった。そして、今触れ合えないのが、やはり切なかった。


「・・・・・・えっと。それで、予言の話だけど」

 千鶴が慌てて話題を戻す。

「深淵が全てのバランスを取るみたいなの。それには多分山里君の助けがいりそうなの」

 千鶴の表情は一転して硬くなる。

「って事は、俺はまたエレスに行かなきゃいけないのかい?」

「・・・・・・」

 千鶴はしばらく黙ってしまったが、やがて苦しそうに頷いた。それから、作ったような笑顔を向ける。

「それで、どうも持っていた方が良いアイテムがあるの」

「アイテム?」

 千鶴は頷く。それから、少し悲しそうな顔をする。

「でもね、このまま落ちたら、山里君は第八階層に閉じ込められる事になるわ。深淵にとって、あたしたちがいた世界との繋がりは、山里君の存在だけだもの。山里君がいない過去の地球に戻す方法なんて無かったと思うもの。少なくとも今の状態ではね」

 そうなのかと、驚きはしたが、それほどショックは受けなかった。


「・・・・・・それは俺への報いだな。それならそれでいい。俺はみんなを巻き込んでしまったし、ルシオールの事を信じられず、酷い事を言ってしまった。もうどうして生きていけるのか、まるで分からない。・・・・・・いっそここで死んでしまいたい」

「そんな事、言わないで!!!」

 千鶴が叫ぶ。涙を空に舞い上げている。

「あたしは、山里君に救われたし、沢山の幸せを貰ったの!!あたしの願いの一つは叶ったもの!こうしてまた山里君に会えた!!二万四千年も、あたしにとってはあっという間だったし、その間もずっと山里君が側にいてくれたもの!!」

 千鶴は必死に頭を振る。

「あたしの最後の願いはね!山里君が苦しまず、幸せに暮らして行ってくれる事なの!!だから、そんな悲しい事言わないで!!」

 千鶴は、触れない、抱きしめられない事がもどかしそうに、身を震わせる。

「田中さん・・・・・・」

 千鶴は、目に涙を浮かべたまま、クスリと笑う。

「『千鶴』って呼んで?」

 魔王になっても、千鶴は変わらず、あざといくらいに愛くるしかった。少し拗ねたように唇を突き出す。

「千鶴」

 蛍太郎は、そう呼ぶのにためらいは無かった。ずっとそう呼びたかったからだ。呼ぶと、愛おしさが込み上げてくる。

「蛍太郎君!愛してる!」

「俺もだ、愛してる」

 二人で微笑みながら涙を流す。そして、触れ合えないままの口づけを交わす。



 しばらく抱き合っていた二人は、やがて身を離す。

「・・・・・・このまま時が止まったら良いと思ったのに。魔王になってもそれは出来ないのよね」

 千鶴がクスリと笑う。

「俺は千鶴と離れたくない・・・・・」

 魔王だろうと何だろうと、千鶴と一緒にいたい。

「俺をそっちに連れ出す事って出来ないかな?」

 千鶴は悲しそうに首を振った。

「ここは、あたしの世界じゃ無いから、つなげられないの」

「それって、どう言う?」

 千鶴が忌々しそうに地獄の景色を眺める。


「あたしは、ずっとこの地獄が嫌い。一瞬だって好きになった事は無い。だから、この世界は深淵に滅ぼして欲しいと願っているの。あたしの世界は、たった一つ。蛍太郎君と過ごした、あの世界だけ。・・・・・・だから、あたしがつなげられるのは、あの世界の、あの時間だけなの」

 それは、みんなで大島に行ったあの日、あの場所だけだと言う事だ。

「だから、今から蛍太郎君をあの時代のあの場所に戻してあげる。そこで、今から言う物を持っていて」

 さっきの予言のアイテムの事だと、蛍太郎は察した。

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