第4話 帰郷 4

 だが、放送室の外にも数人の教員がいた。

 飛び出した蛍太郎に、一人の教員がつかみかかってくる。そして、もう一人の教員が怒鳴りながら蛍太郎を押し倒し、そのまま馬乗りになる。

「逃げるな、コラ!!」

 放送室の二人も出て来て、倒れる蛍太郎にのし掛かる。

「は、放してください!!こんな事している時間は無いんです!!」

「やかましい!!教師をなめてるんじゃない!!」

 体育の教師が蛍太郎の頭を押さえつける。

 蛍太郎は、懸命にもがく。この際、教師を攻撃する事も辞さない覚悟はある。

「暴れるな、コラ!!伊藤先生!なんか縛るもん持ってきて下さい!!」

 言われたのは女性の教員だった。

「え?ええ?」

 この状況に完全に怯えている。

「でも、柴田先生。せ、生徒を縛るなんて・・・・・・」

 怯えながらも抗議するが、体育の教師柴田は、すごい剣幕で伊藤に言う。

「ええがら、こいつ暴れっがら、縛らんといげん!!」

 柴田の剣幕に押されて、伊藤は職員室に駆け込んでいった。

 蛍太郎の記憶では、柴田は暑苦しいが、さっぱりとした性格で、生徒たちからの人気もあったはずだ。だが、蛍太郎に簡単に蹴り倒された事から、自尊心が傷ついたのか、完全に逆上していた。

 今も乱暴に蛍太郎の顔を床に押しつけている。

「先生!!本当に竜巻は来るんです!!俺を退学にして良いから、放してください!!」

 蛍太郎は必死になってもがく。

「黙らんか!!」

 馬乗りになる教員が怒鳴る。

「し、柴田先生・・・・・・」

 青い顔で、伊藤が持ってきたのは、薄いビニール製の紐だった。

「ロープとか無かったんですか?」

 柴田はため息を付きながら受け取ると、うつ伏せに倒されたままの蛍太郎の腕を、後ろ手に縛る。

「ほら、立て!!」

 縛った後、柴田は他の男性教員と蛍太郎を引きずるようにして、放送室に引き戻す。

「伊藤先生、こいつの家に電話して下さい。三年三組の転入生です」

 柴田が自分より年上の伊藤に命令する。

「は、はい」

 柴田の剣幕に押されて、またしても伊藤は素直に返事してしまう。気が弱い教員なのだ。



 蛍太郎は、男性教員三人に囲まれて、放送室に閉じ込められていた。

 椅子に座らされて、その両肩には二人の教員が手を置いて、立ち上がれないようにしている。その正面には柴田が座っている。

「お前、何であんな事した?!」

 多少は落ち着いてきたのか、怒鳴らずにしゃべる。

「・・・・・・先生。俺は竜巻が来るって言いましたよ。これで、被害者が出たら先生のせいですからね」

 蛍太郎は、目の前の柴田を睨み付ける。その視線には、明確に殺気が籠もっていた。

 蛍太郎は焦っていた。間に合わなくても大島に行きたかった。

 多くの人に避難して貰いたかった。それを邪魔するなら、ここでこの三人を殺してでも・・・・・・。そういう心境になっていた。蛍太郎の殺気は本物である。軍隊訓練をした事と、実際に野盗を殺してもいる。

「こ、この・・・・・・」

 この殺気に、平和な国の一体育教師である柴田は、完全に気圧されてしまう。

「先生。今すぐ俺を放してくれ。竜巻は大島中心に、いくつも発生する。町にも被害がかなり出るんだ。大島には今、この学校の生徒が大勢行っている。俺はみんなを助けたいんだ!!」

 蛍太郎が足に力を入れる。押さえつける二人の教員の腕にも力がこもる。

「そんな馬鹿みたいな話が信じられるか!?お前は薬でもやってるんじゃ無いのか?!」

 柴田が言うと、二人の教員が、ギョッとして蛍太郎の腕を見る。当然注射跡などあるはずが無い。

「信じても信じなくてもいい。さっきも言ったけど、退学にすれば良いし、警察に連絡してもいい!でも、今は放してくれ!」

 蛍太郎は必死だった。時間はどんどん過ぎていく。今はついに十三時三十分を過ぎた。

「もう時間が無い!!窓から外を見てくれ!!」

 蛍太郎が叫ぶ。すると、柴田は、窓に近づくと、外を見ずに遮光カーテンを勢いよく閉めた。

「大人を馬鹿にするなよ!!」

 そう言うと、柴田は蛍太郎の頬を殴りつけた。

「ぐっ!!」

 蛍太郎は呻く。


「し、柴田先生!暴力はまずいよ!」

 驚いた二人の男性教員が怯んで、蛍太郎の肩を押さえる手が緩んだ。

 その瞬間を逃さず、蛍太郎は身をよじると、二人の手を逃れて、鬼気迫る表情の柴田を蹴り上げる。

 足の先が柴田の鳩尾に刺さり、「ぐえっ!!」と声を上げて、柴田が床に崩折れる。

「こ、こら!!」

 そう言う他の教員にも、足を振り上げて威嚇すると、そのまま放送室の扉に駆け寄る。

 鍵が閉まっていて、腕は後ろ手で縛られているので、蛍太郎は教員たちを威嚇しながら、扉を背にして立ち、手探りで鍵を開けようとする。

 だが、そこに椅子が飛んでくる。

 避け損なって、椅子が頭に当たる。

「くぅ!」

 その隙に、柴田がしつこく組み付いてきた。

「なめるな、ガキが!!」

 柴田は拳を振り上げて蛍太郎を殴る。避けようとするが、避けきれない。二度、三度と殴られて倒れ込みそうになる。



 その時、ついに「あの時」がやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る