第4話 帰郷 3

 蛍太郎はバイクの免許こそ無かったが、運転方法は父親に習って知っていた。砂浜で練習させて貰った事もある。とは言え、それは父の趣味に無理矢理付き合わされた結果だったが、ここで役に立つとは意外な気がした。



 蛍太郎が向かったのは、高台の途中にある高校だった。

 夏休みで、一部の部活はやっているが、生徒も、職員も、通常よりかなり少ない。

 そこで、蛍太郎はバイクを駐輪場に置く。

 本が大量に入っているので、リュックは重くて邪魔になるため、ヘルメットと一緒にバイクのハンドルに掛けておく。

 そして、勢いよく校舎に駆け込む。

 夏休みという事で、人気の少ない校舎を小走りで、職員室に向かった。

 案の定、職員室はもぬけの殻だった。昼時なので、いる職員も休憩室などで食事でもしているのだろう。休憩室にはクーラーはあるが、職員室や教室にはクーラーは無い。

 職員室に入ると、教室鍵を掛けている壁に走りより、目当ての鍵を探す。

 そして、すぐに鍵を見つけた。

 放送室の鍵である。


 それから、職員室の近くにある、放送室に駆け込んだ。

 時間は十二時五十分。あまり時間は残されていないはずだ。

 放送室の鍵を内部から掛けて、途中で邪魔が入らないようにしてから、放送機材の方に向かう。

 放送機材は、窓に向いて設置されている。遮光カーテンを開けると、窓からは坂の下の町や、港の景色、そして、大島も見える。

 まだ町に異常は起きていない。


 蛍太郎は放送機材を見る。始めていじるが、沢山のスイッチやレバーがある。どれがどれやら、ぱっと見は分からないが、よく使うスイッチには、薄くなった文字が書かれたビニールテープが貼ってあった。

 「電源」、「音量」、「内部スピ」、「外部スピ」、「再生」、「停止」など。


 まず「電源」を入れる。

 それから、「外部スピ」をオンにする。ボタンが光り、オンになった事がわかる。同時に、外で「ガピッ」とスピーカーが反応する。

 

 蛍太郎は、高台の中腹にある高校の校舎外スピーカで、町の人に避難を呼びかけるつもりだった。

 本当は役場とかの方が良かったのだが、勝手に使う事など出来ないし、説得など無理だろう。余計な時間を食うわけにはいかないので、勝手知ったる(とは言え、まだこの高校の全てなど知っていないのだが)我が高校の放送施設を使う事にした。

 外部スピーカーで、音量を最大にすれば、町の方にも声は届くはずだ。


 蛍太郎は音量を最大にして、マイクのスイッチをオンにする。

 こうした放送は、反響があって聞こえにくくなるので、ゆっくり、一言ずつ区切ってしゃべらなければいけない。

 焦る気持ちを落ち着けるように、蛍太郎は大きく深呼吸する。

 そしてマイクにしゃべろうとした時、マイクの近くに「木琴」と書かれたボタンを発見する。

『ああ、あれか』

 そう思って、蛍太郎は木琴のボタンを押す。すると予想したとおり、「ピン、ポン、パン、ポ~~~ン」と、良く聞くメロディーが流れた。

 おかげで、蛍太郎も少し落ち着く事が出来た。

 そして、マイクに向かって話し出す。


「緊急放送です。みなさん。間もなく、巨大な、竜巻が、発生します。ただちに、高台に、避難してください」

 聞こえただろうか?聞き取れただろうか?

 蛍太郎は不安になったが、もう一度、今度は更にゆっくりと同じ台詞をしゃべった。


 しゃべり終えた辺りで、放送室のノブを回す音やドンドン叩く音が聞こえた。

「コラ!!誰だ!!勝手な事をしおって!!」

「出てこい!」

 複数の教員が詰めかけてきているようだ。

 このままだと、すぐに合い鍵で開けられてしまう。

 窓から見ても、町の様子は変わらない。効果があるのか自信が持てない。それでも、出来る事をしなければいけない。

 

 蛍太郎は、すぐにもう一度マイクに向かう。


「みなさん。竜巻で、この町に、大きな、被害が、出ます!だから、どうか、高台に」

 ここで放送室のドアが開けられる。

「コラ!!やめろ!!」

 男性の教員が二人がかりで蛍太郎に飛びかかってきた。

 思わず蛍太郎は先に飛びかかってきた教員を蹴り飛ばし、もう一人の関節を決めながら投げて床に転がした。

 戦闘訓練を受けていたため、つい咄嗟にやってしまったのだ。

 だが、悔いても仕方が無いので、蛍太郎は驚いた表情で床に倒れている教員を無視して、マイクに取り付く。

「高台に避難してください!!時間がありません!!」

 それだけ言うと、放送機材のスイッチを切った。


「先生たち。申し訳ありません」

 未だに立ち上がれない教員たちに蛍太郎は深々と頭を下げた。

「お、お前。こんな事して・・・・・・」

 一人の体格の良い教員が呻く。確か体育の教師で、サッカー部の顧問だった。

「俺は三年三組の山里蛍太郎です。停学にでも退学にでもしてくださって結構です。でも、どうかお願いです。あと三十分ほどで、竜巻がこの町を襲います。だから、生徒たちを、みんなを避難させてください。多分この高校は大丈夫だと思いますから」

 信じてはくれないだろうと思いながらも、蛍太郎は懇願した。教員は、ただ呆気にとられているだけだった。

 時間が惜しい。


 蛍太郎はもう一度教員たちに頭を下げると、放送室を飛び出した。

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