第2話 千鶴 8
「私、いやな子だ。最後に考えてるのが美奈の事じゃない。山里君の事だなんて・・・・・・。美奈、ごめんね。でも、もう最後だから、せめて幸せな気持ちのまま死なせて・・・・・・」
千鶴は小さくつぶやくと、後はもう山里の事だけを考え続けた。
不思議な気持ちだった。
今まさに死にゆく時に、とても幸せな気分になる。
山里の事を愛して、本当に良かったと思った。
山里のおかげで自分は救われた様に思った。
山里を思う気持ちがどんどん大きくなっていく。
強い衝撃があり、またしても世界が激しく揺れた。
もう何がどうなっても関係ないと思い、うっすらと目を開けるが、視界がぼやけてよく見えない。
どうやら、もうまぶたも、目も溶かされ始めているようだ。
だが、関係ない。溶けかかったまぶたを再び閉じると、千鶴は幸せな世界へと没入していった。
意識が妙にはっきりしている。山里との事を思い出し、自然と微笑んでしまう。
「山里君。愛してる」
「山里君。ありがとう」
千鶴の中で、山里が淋しそうに笑う。今もどこかで山里が苦しんでいるのではと思うと胸が痛んだ。
「山里君。もう悲しまないで。私は幸せなの。どうか、山里君も幸せになってください」
千鶴が心からの願いを口に出した。
痛みは感じないし、意識も奇妙にはっきりしているが、いよいよ自分の体が崩壊していくのを感じた。
最後の力を振り絞ってするべき事は、ひたすらに山里の事を思う事だった。
「山里君・・・・・・。山里君・・・・・・」
声はすでに出ないが、意識の中で声を振り絞る。
奇妙な感覚だと頭の隅で思った。
「山里君・・・・・・。や、ま、ざ、と、く・・・・・・ん」
世界が白く光っていくように感じた。
「これが『死』か」と思った。
ようやく訪れた「死」に安堵する。
力なく、最後にもう一度、意識の中で愛する人の名前を呼ぶ。その人の幸せと、もう悲しまなくていいという願いを込めて。
「ヤ、マ、ザ、ト、ク、ン」
白い世界が千鶴を包んでいった。
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