第1話 初夏 2
美奈の言うように、千鶴は、その容姿で学校内はおろか、他校でも噂されるほど目立っている。
明るい赤みがかった髪は、天然パーマがゆるふわカールになっていて、瞳も日本人にしては明るい茶色、金眼に近い。
大きくぱっちりした二重の眼が、その魅力的な瞳をより美しく飾っている。
白い肌に小さいが筋の通った鼻。
背は低めでスレンダーな体型だが、女性らしさも感じさせる体のラインである。
男子の多くが「我が校のアイドル」と声を大にして話している。噂ではファンクラブがあるらしい。
美奈は、女子にしては背が高く、部活には所属していないが運動神経抜群なため、いろんなクラブの試合に助っ人として頼まれている。一つのクラブに所属しないのも、こうしていろんな競技に出やすくするためだそうだ。
何かのプロになるほどではないし、就職も実家を継ぐ事が決まっているので、高校時代は色々やってみたい思いが強い。
試合にだけ出るのではなく、放課後はそれぞれの部活の練習にも交代で参加するのだから、大変なバイタリティーだと感心する。
そして、サバサバした性格から女子への人気がとても高い。また、一部の男子への受けも良いようだ。
そんな美奈からの敬愛を受けていて、男子に人気な千鶴が、嫉み深い女子からのやっかみを受けていないのは、美奈の手回しがあるのはもちろんだが、千鶴の性格による事もある。
千鶴の性格自体は非常に大人しく控えめで、他人の悪口を言ったりは絶対にしない。思いやりある言動やエピソードが敵を減らしている。
以前こんな事があった。
二年でクラス替えをしたばかりの頃、まだろくに話した事のないクラスメイトが、放課後、コンタクトレンズを落としたという。
部活に遅れたらヤバいから探せないけど、コンタクトがないと困ってしまうとの事だった。
千鶴はそんな独り言を聞きつけて「探してあげる」と言い、放課後の教室をたった一人で床に這いつくばって探したのだ。
だが、これは千鶴をからかうための嘘であり、その生徒も部活が終わるまで二時間以上も千鶴が探しているとは思ってなかった様だ。
部活を終えてクラスに戻る頃には、千鶴についた嘘の事も忘れていたが、教室の机が片側に寄せられていて、教室の床に制服を真っ白に汚して這いつくばり、床のタイル一マスずつ確認している千鶴を見た時には驚愕した。
それどころか、「ごめんね、まだ見つからないの」と涙を流して謝り、「コンタクトないと困るよね。もう一度探してみるから待っててくれる?」と言う。
その生徒も慌てて「ごめん。部活の鞄に予備があった」と言って、その日は二人で机を並べ直した。
そして、翌日その生徒は素直に千鶴に話して謝った。
当然単独での思い付きではなかったので、同じくからかってやろうと話した生徒数人で謝ったのだが、千鶴は「見つけてあげられなかった事気にしてたから、良かった」と心底ホッとした様子だった。
近くにいた美奈が剣呑な様子になったが、後に事情を説明すると「コンタクトなくて困るやつがそのまま部活に行けるかっての。気付きなよ、千鶴も。本当にお姫様なんだから」と言われた。
千鶴が気にしなかったので、美奈も水に流す事にしたようだ。
他にも「千鶴いい話伝」は真偽はともかくいろいろ伝わっていて、今はすっかり男女ともに一目置かれる存在になっていた。
そんな千鶴だが、男子と交際した事は全くなかった。
美奈との怪しい関係説の通り同性愛者だと言う訳では決してない。美奈もそうした嗜好はないはずだ。
千鶴はこれまで、男子に告白は度々されているが、全て断ったり、美奈が粉砕してくれていた。
そもそも「告白」自体も事前に美奈が察知、粉砕する事が多いようで、まず美奈の関所を突破しなければ告白までたどり着けないと言われているぐらいだ。
交際経験がない理由は中学時代にある。
平たく言うと、中学時代にストーカー被害に遭い、男性に対しての恐怖心が植え付けられてしまったのだ。
美奈のおかげでストーカー被害から脱する事は出来たものの、しばらくは男性そのものが恐ろしく、外に出歩く事も出来なくなってしまった。
高校進学も女子校にしたかったが、女子校は遠く、なおかつ私立なので、学費で親に負担をかけられない。
一人暮らしも実家の近くならともかくだし、かといって電車での遠距離通学など出来そうもない。
結局、美奈の励ましで、一緒の高校に通う事になったのだ。
それから美奈はずっと千鶴に付きっきりで過ごしてくれているおかげで、今では男子相手でも普通に話したり、冗談を言ったりできるようになっている。
しかし、高校三年生の今になっても、男子と一対一になるとどうしようもなく怖くなってしまう。
ストーカー行為は主に手紙で、下駄箱への手紙から始まっていた。
その為、今はそれほどでもないが、下駄箱を開けるのがとても怖かった時期がある。
そこで、美奈が頼まれた訳でもないのに上履きを取り出してくれるようになったのだ。
ついでに下駄箱もチェックして、ラブレターなどがあろうものなら握りつぶす。告白を未然に阻止する目的もあったし、美奈の考えで、ラブレターなどという手段で気持ちを伝えようとする、不心得者を排除する為であった。
どうやら、悪い虫退治は、現在は美奈の趣味となっているきらいがある。
いずれにせよ、美奈のおかげで、千鶴は楽しい高校生活を送れている。
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