第1話 初夏 3

 五月は体育祭がある。学校生活の中で大きな行事である。

 三年である以上、よほどの事が無い限り、最後の体育祭だ。

 ゴールデンウィークが終わると、五月病を意識する間も無く、生徒の大半が体育祭熱に浮かされる。

 学年を超えてクラスの結束が強くなる季節だ。

 三年ではクラス替えがないので、去年からのモチベーションで体育祭に挑む事が出来る。

 二年時はクラス替えをしたばかりで体育祭となる事も有り、例年、三年生になった年こそが「真の体育祭」と言える為、三年生は皆意欲に燃えるのだ。

 一年は、何が何やら分からぬうちに、先輩たちに勝利を要求されている。

 

 美奈は運動神経抜群なので、当然体育祭へのモチベーションが高い。

 意外な事に、千鶴も運動神経はかなり良い。運動部に入ればレギュラー入り確実なのだが、中学時代の一件で部活も出来なくなってしまったのだ。

 だが、体育祭となると興奮してくる物があるので、クラスの実行委員長に全面協力を表明している。

 美奈と二人で、一年と二年の「三組」を回って、「三組」全体の士気を高めたりする事になるらしい。

 一人では出来ないが、美奈と一緒なのだからきっと楽しくできるだろう。

「オスカル!」

「アンドレ!」

 とか、二人で言ってれば盛り上がるらしいので不思議だが、そこは脚本担当が決める事だ。応援衣装もあるらしい。

 

 千鶴は、体育祭の競技に参加するのも楽しいが、見るのも好きだ。

 特に名物競技となっている三年生男子の棒倒し。例年けが人が出るので、先生たちからは取り止めを勧められるが、生徒たちの強い希望で存続している競技である。


 一番楽しみなのが、二年生男子の障害物リレーである。

 この「障害物」というのがくせ者で、まともな障害物に紛れて、三年生によるあの手この手での妨害もある。それが見物なのだ。

 ボールをぶつけるぐらいは序の口で、竹刀をもって待ち構えてたり。

 傑作だったのが去年で、ブルーシートに洗剤を混ぜた水をまき、ぬるぬるに滑るポイントを用意して、各クラス代表の三年男子が競泳用の水着で他クラス代表の二年生の競技者が転んだところにのしかかって、組んずほぐれつするのがおかしくて、千鶴も涙が出るほど笑った。

 この競技は毎年「下克上」もあるので、昨年はヌルヌルゾーンで三年生が海パンを次々はがされてた。というより、最初から不利な服装で待ち受けていたのが悪い。

 最初の一人がひん剥かれてからは、三年男子の阿鼻叫喚ゾーンとなっていた。今年の三年男子は、昨年下克上を果たした猛者たちなので、自分たちの不利とにならないよう、妨害内容を練っているらしい。


 女子の競技での注目は、今年も四月から実行委員会で物議になっていたパン食い競争だ。

 恒例となっているが、この競技はジャージの着用が認められていないのだ。

 これに女子からクレームが入り、男子が拝み倒して(日本古来より伝わる謝罪および、嘆願の最終奥義『DOGEZA』を集団で行う)、今年もこのジャージ着用不可が採用された。

 この競技が、男子の間でのミスコン扱いされているのは公然の事実だ。千鶴も出場を懇願されたが、同じぐらいの男子に千鶴出場の反対意見が出ているらしい。

 「俺たちの千鶴ちゃんを汚さないでくれ」という自称「純真派ファン」の声だそうだ。

 「らしい」「そうだ」と表してはいるが、目前で繰り広げられる茶番に、さすがに千鶴も慣れてきて、苦笑いで流していたところ、美奈が立候補した。

 出場枠は各学年、各クラス三人ずつである。計9レースが男子の高視聴率帯となる。

 三年三組からは美奈のほか、四方田よもだ恵深めぐみと今松利恵が出場する事となった。どの選手も、女子としての発育が良いところがポイントだ。

 これでは確かに千鶴が出たら、競技の趣旨が変わってしまう。美奈に言わせると「はじめてのおつかい」だというのだから何だか理不尽だ。しかし、「ああ、千鶴ちゃん、うまくとれるかな?ああ、おしい!がんばれ!」という応援の声がリアルに聞こえてくる気がした。


 千鶴はリレーに選ばれた他、応援副団長として盛り上げるのに一役買う事となった。応援団長は男子の川辺まさだ。陸上部の短距離エースで、去年は県大会三位と、我が校では好成績を残している。

 これも割と公然なのだが、「千鶴ファンクラブ会長」とか何とか。本人は「ちげぇよ!俺は会員ナンバー一番なだけだ。会長は五組の君島だ!」という事らしい。

 会員ナンバー一番川辺は、千鶴が副団長と言う事もあり、大いに気合いが入っていた。

 今年も楽しい体育祭になりそうだ。

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