第5話 黄泉路 3

 やがて、暗闇のトンネルに入りこんだ時には、ホッとして、思わず座り込んでしまった。

 少女をゆっくり地面におろして寝かせると、自分もその横に倒れこんでしまった。

 胃が激しく痛み、吐き気もしていたが、すでに吐き出すものが胃に残っておらず、胃から喉までがヒリヒリと痛んだ。

 しばらくもだえ苦しんでいたが、その力さえ失い、地面に伸びきって手足を動かす事も出来なくなってしまった。

 すぐ近くには少女も寝息を立てている。蛍太郎も、少しここで寝て休んだ方がいいだろうとぼんやり思った。思った時には意識が薄れ、混濁し、意識の光が消えていくのを感じていた。

 そして周囲の闇に同化するように、蛍太郎の意識も闇に飲まれて行った。



 蛍太郎が意識を失った後、少女がむっくりと起き上がった。少女は暗闇の中でしばらくキョロキョロして、寝ぼけ眼のまま小首をかしげて何か考えていた。

 実際には考えていたのではなく、ぼんやりしていただけかもしれない。光が全くない真の闇の中だというのに、ぐったり体を伸ばしきって倒れている蛍太郎のそばに行き、その横に座ると、無言のまま頭をなで始めた。

 少女の瞳は、何の感情も窺えない。

 しかし、蛍太郎を気遣うかのような、愛おしむような仕草でなで続けていた。





 蛍太郎が目を覚ましたのは、倒れてからどれくらいたったのだろうか。

 目が覚めても世界は明るくならなかったが、すぐに状況を思い出した。

 頭に手が置かれているのを感じて、少女がすぐ隣にいるのだと気付いた。

「ごめん。俺、寝ちゃってた」

 返事の代わりに、少女の寝息が聞こえた。

 蛍太郎は、地面に倒れたまま、自分の体調を調べてみた。

 手は動く。足はだるいが、力は取り戻していた。

 のどや胃の痛みも、どうやら収まっているようだった。

 喉は乾いていたが、我慢できないほどではなかった。空腹なのだろうが、食欲の方はまるでなかった。


 ひと眠りした事で、冷静さも取り戻して来ていた。

 このまま少女をおぶって行くのは無理だろうと判断する。

 さらに、時間が経つほど蛍太郎は消耗していくであろうから、もうぐずぐずはしていられなかった。

 蛍太郎は起き上がると、少女の肩を探り当てて、その肩をゆすった。

「起きてくれ。出発しなくちゃ」

「あい」

 すぐに返事があった。返事の後、あくびを一つ。そして、少女も立ちあがったのを感じると、蛍太郎は少女の手を取り、坂をのぼりはじめた。

「君はのどが渇いたり、お腹がすいたりしていないのかい?」

 少女が首を傾げて考えている姿が目に浮かぶ。しばらくの無言ののち、少女がようやく返事を寄越した。

「すいている。喉も乾いている。でもずっとそうだったから平気だ」

「閉じ込められている時は、食事はどうしていたんだい?」

「ずっと寝ていた」

 少女は淡々と答える。

「食べてなかったのか?いつから?」

「ずっとだ」

 少女の返事は、当たり前の事のように、何の感情もこもっていなかったが、蛍太郎は驚き、同時に少女を閉じ込めた連中に対して激しい怒りを感じていた。

 少女が食事をとらなくても生きているという事実は、これだけ驚きの連続の中では、たいした問題じゃないように感じていた。

「でも、お腹がすいているんだろ?空腹を感じるのに何も食べてこなかったなんて、ひどすぎるじゃないか!」

「ひどいのか?」

 少女が逆に蛍太郎に訊ねてきた。

「ひどい事だ!俺なら耐えられない。食欲がなくても食べなきゃ死んじまう」

「死?死とは?」

「ん?え~と、動けなくなったり、考えられなくなったり、その、いなくなったり・・・・・・」

 急に「死」について問われて、すらすらと明確に説明できる高校生はどれだけいるだろうか?少なくとも、蛍太郎は答えられなく、口ごもってしまった。

「・・・・・・その、ひどく悲しいものなんだ」

 そう答えたのは、妹や、仲間の死を思い起こしたからだった。同時に、この少女は、まだ何も知らないのだと考えていた。

「ケータローは腹が減っておるのか?」

 少女の関心は、すでに別の方へ向かっていた。

「減ってるよ。でもまあ、今は食べたくないかな。喉が渇いたぐらいだ。とは言え、空腹や乾きが酷くなる前に地上に出なきゃいけないよな」

「そうか。外には食べるものがあるのだな」

 少女の声に、感情の揺れを感じた。

 食事に対する憧れや期待がにじみ出ていた。

 ここが暗闇でなかったなら、少女の表情にも変化が見られたかもしれない。

「だから、行かなきゃな」

 蛍太郎の足にも力がこもった。

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