第9話 獣の狂気 1

 深夜の室内に奇妙な叫びが響いていた。

 獣の断末魔の様な、奇妙で不吉な叫び声だ。

 リザリエは、枕に歯を立てて、ぎゅっと目を閉じて耐えた。

 毎夜幾度となく聞いている叫び声だ。

 苦しいし悲しい。

 そして大切な者が壊れていく恐怖を必死に耐えていた。

 自分の無力さを呪い、気まぐれな神にもすがりたい思いだった。

 それでも、しばらく経てば薄壁隔てた隣室は静かになり、つかの間の睡眠をお互いに取る事が出来るはずである。


 しかし、今夜は様子が違っていた。

 隣室で鈍い音が幾度かした。

 心配になりリザリエはベッドから身を起こす。

 その時、勢いよく蛍太郎がリザリエの寝ている部屋のドアを開けた。

「!」

 リザリエは思わず息をのんだ。

 蛍太郎の様子が尋常ではない。いや、元から尋常ではないのがこの頃の常であったのだ。

 しかし、今日は完全に正気を失っていた。

 目は絶えず動き続け、焦点が全く合っていない。両頬は自分の爪で引き裂かれ、幾筋もの赤い傷からは血が流れていた。だらりと垂らされた両手の拳の皮膚も裂けて血が床に垂れている。

 そして、その怪我を全く意に介さず、ゆらりゆらりとリザリエに向かって歩いてくる。


 突然、蛍太郎はリザリエに飛びついた。

 半身をベッドから起こしていたリザリエの胴に馬乗りになり、激しく胸ぐらを掴むと、寝間着に来ていた薄い生地のシャツを引き裂いた。

 白い・・・・・・砂漠の国グラーダの日差しの下でもなお白かった、透き通るような胸が顕わになる。豊かな膨らみは、蛍太郎の乱暴な動作に反応して左右に揺れる。

 蛍太郎はその二つの丘を、乱暴に掴み、揉みしだいた。

 大きな膨らみは不思議なまでの柔軟さを見せ、蛍太郎の手の動きに合わせて形を変化させていく。


 蛍太郎は、獣じみたうめき声を上げる。

 蛍太郎の行為に驚きつつも、激しい動きにリザリエが苦痛の呻きを漏らす。

 呻いただけで、抵抗をしたわけではないのだが、蛍太郎がいきなりリザリエの頬を拳で殴りつける。

 激しい痛みに、リザリエは目から火花が出たかのように感じた。

 理不尽な行為であるが、リザリエの心に怒りはなかった。

 もし、怒りがあったのなら、リザリエは魔導師である。

 どれほど驚きと混乱にあったとしても、蛍太郎一人を退ける方法などいくらでもあった。

 しかし、リザリエは蛍太郎を咎める事も、拒絶する事もしなかった。

 心はただ、悲しく、切なく、愛おしい思いが溢れていた。

 これほどの仕打ちを受けている最中でさえ、リザリエの頭には、蛍太郎を救いたいという願いしか浮かんでこなかった。

 頬は、蛍太郎の拳の血が付いている。リザリエが心配したのは蛍太郎の怪我である。早く魔法で治してあげたいという欲求が胸によぎる。


 激しく胸を揉んでいた蛍太郎の動きが止まる。

 すぐに次の行動に出た。

 片手でリザリエののど元を押さえると、リザリエの胸に吸い付く。白いと見えるほど色素の薄い乳首を口に含み、舌で転がす。そして乱暴に歯を立てると、苦痛のあまりリザリエは小さく悲鳴を上げた。

 しかし、蛍太郎は意に介さず、己の欲望に従って異常な行為に没頭していった。

 蛍太郎の手が、寝間着のズボンの中に進む。リザリエの女性の部分に触れる。一瞬手が止まった。

 一瞬だが目の動きも止まり、焦点が合い、リザリエと目が合った。

「うあ・・・・・・」

 小さくうめき声を漏らす。


 しかし、理性はそこまでしか戻らなかった。

 再び手が動き始める。リザリエの秘唇を遠慮無く弄ぶ。

 リザリエの苦痛の叫びが口から漏れる度に、蛍太郎が獣じみうめき声を上げる。

 リザリエのズボンをむしり取ると、蛍太郎は自らのズボンも脱ぎ捨て、いきり立ったモノをリザリエの秘唇に押し当てた。

 再び動きが止まる。

 リザリエと目が合った。

 リザリエの頬は血と涙でべとべとに濡れている。

 それでも、リザリエは蛍太郎に微笑んで見せた。

 リザリエは処女である。彼女も一度は師の命令で不当に処女を蛍太郎に捧げると決めていた。

 しかし、蛍太郎は、その命令を卑劣と感じ、師に対して怒りを露わにしていた。その蛍太郎をリザリエは愛すようになった。

 今は蛍太郎と交わる事を望む気持ちが強くなっている。

 しかし、それはこんな形ではなかったはずだ。

 彼女にも理想とする初夜があった。

 不本意である事は確かだが、それでも、蛍太郎の望むがままにされる事は、とっくに受け入れている。

 願わくば、理性を取り戻した後で、蛍太郎が出来るだけ苦しまないで済むように、自ら望んで蛍太郎を受け入れるのだという気持ちを、その微笑みで伝えたかったのだ。


「愛しています」

 小さくリザリエがつぶやいた。

「うああああああああああああっっ!」

 蛍太郎は叫ぶなり、リザリエから身を離す。ベッドの脇に立ち、蛍太郎の血や唾液で濡れたリザリエの裸体を見つめる。リザリエの体は激しく震えている。

「うわあああ!」

 蛍太郎は再び叫ぶ。

 リザリエが身を起こすと、慌てて裸のリザリエに布団を投げるようにして掛け、その裸体を隠す。

「ケータロー様?」

 リザリエが気遣わしげに声を掛けると、蛍太郎はビクッとして大きく後ずさる。そして、そのまま脱力したように床に膝をつきうずくまった。

「ごめん。ごめんよ、リザリエ・・・・・・」

 蛍太郎が弱々しく嗚咽を漏らす。

 リザリエは布団を体に巻き付けたまま立ち上がり、蛍太郎の傍らに立つ。

 手でそっと震える背に触れると、反射的に払いのけようとする動作を蛍太郎が見せたが、その手は途中で止まり、弱々しく床に落ちた。

「大丈夫ですよ、ケータロー様。リザリエはあなたを愛しております」

 蛍太郎はリザリエにしがみつくと激しく泣いた。

 リザリエもその背を優しくなでながら共に泣いた。

 二人とも泣き疲れ、そのままの姿勢で眠った。

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