第8話 魔王 10
廊下に出ると、リザリエが待っていた。
蛍太郎に会釈をすると、何も言わずに蛍太郎たちの前に立ち、あてがわれた別棟の客室へと案内する。
会談の内容が気になるのだろうか、リザリエは落ち着きなく蛍太郎とルシオールに視線を送っていた。蛍太郎はそれに気付いたが、それについては何も話さなかった。
それほど広くないこの館は、少し歩くとすぐに離れのある中庭に出た。中庭には砂漠の国だが、池があり、草木も生い茂っており、公園の様になっていた。オアシスの恩恵が、この国を小国なりに潤していた。
蛍太郎たちは部屋には戻らずに、池の周りに腰を下ろした。池に手を浸すと、ひんやりと冷たく心地よい。
「ほら、ルシィ」
ルシオールにも水を触らせる。「冷たいだろ」と言うと、ルシオールは無表情ながら頷いた。
ルシオールはしばらく、池の淵にしゃがんで、手で水を触ってはピチャピチャとやっていた。ドレスのスカートが池の水に濡れてしまったが、ルシオールは気にする様子もなく、無心に水を触っていた。
「ルシィ、暑くないか?そのドレス」
黒い、長そで長裾のドレスは、この砂漠の国ではかなり暑そうだった。
「暑い」
振り向くこともなく、一心に水面を見つめながらルシオールが即答する。
「半袖にしたり、スカートが短くってもいいんじゃないかな?」
その言葉に、ルシオールはちらりと蛍太郎を見た。
「そうなのか?」
問われて考え直す。
「でも、日焼けとかしそうだしなぁ・・・・・・。あと、色・・・・・・は・・・・・・」
デザインや、色などを組み合わせてイメージしてみようとしたが、蛍太郎の乏しい想像力と知識では呆気なく限界が来た。そもそも、妹の持っていた少女マンガがイメージのもととなっているのだから、基本的には白黒でしかイメージできない。
「ぬわ~~!わからんな~!まだ、髪型とかのほうがイメージしやすいんだが」
そこで、ルシオールの髪を切り揃えてやる事を思い出した。
「そうだ、リザリエさん。髪を切るハサミを用意してもらえますか?」
二人の後ろに控えて立っていたリザリエは、一つ頷くと、ハサミを手配しに館の方へ向かった。
リザリエは、蛍太郎たちに着き従って、侍従の様な事をしてくれているが、もともとは魔導師の弟子の一人で、それなりの身分を保障されている人物だ。
それとは別に、この館には当然たくさんの侍従、侍女、雑多な事を行う仕事を任せられた者たちがいる。
だから、リザリエ自身がハサミを用意するわけではなく、近くにいる小間使いを見つけて用事を言いつけるのだ。最重要な客人である蛍太郎たちの近くには、必ずそういった者が控えているに違いない。
蛍太郎が見送ったリザリエは、すぐに帰って来た。
そして、ルシオールを見て、小さく「あっ」と言った。それにつられて蛍太郎もルシオールを見て、やはり「あっ」と言った。
ルシオールの服が変わっていた。
ルシオールは池に手を浸して、何が面白いのかひたすらピチャピチャやっていたが、その服だけさっきまでの黒いドレスから変化していた。黒が基調ではあるが、スカートの丈が短く、膝上まである黒い長靴下に白い半そでのブラウス。
いずれもフリフリのレースがふんだんに使われていた。胸元と腰のところに大きな黒いリボンが付いていた。
それを見た蛍太郎は思わず頭を抱えた。ルシオールの服の変化は、蛍太郎のイメージを映し出した物だと気付いたからだ。
ルシオールの姿は、まるでメイド喫茶の店員の様だった。さっき、いろいろと服装を思い浮かべた物の中には、確かにメイド服もあった。
「お、俺って、そんな趣味があったのか・・・・・・」
次はもっと勉強して、それなりの服にしてやらないと・・・・・・。 などと考えていたら「ケータロー」とルシオールの呼ぶ声がした。
見ると、ルシオールの近くに、毛足の短い子犬がいた。
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