第4話 帰郷 2

『はあ?そりゃなんだ?』

 浦子からの怪訝そうな声がする。

「もうすぐとんでもない竜巻が大島を襲うらしいんだ。だから、みんなには避難して貰いたい!!」

 頼むから、この話を、少しでも信じて欲しい。

『・・・・・・お前、山里だよな?』

 疑われた。もしかしたら、まだ過去の蛍太郎は御山に登っていなかったのかも知れない。

「・・・・・・そうだよ。俺だ」

 しばしの沈黙の後、浦子が答えた。

『わかった。みんなに話す』

 信じてくれた。

「ありがとう。助かるよ」

『いや。お前がこんな事で嘘ついたりしないって信じてるからな』

 浦子の言葉が有り難い。

「それで、無理はしないで欲しいんだけど、多田たちは御山に登って行ったんだ。出来れば、連れ戻して欲しい・・・・・・。時間はあと一時間ほどだと思う」

『分かった。手分けして、出来るだけ多くの人に知らせて回るよ。・・・・・・これで竜巻が起こらなかったら、俺が笑われればいいしな』

 浦子の笑い声に、涙が出そうになる。

「頼んだ。俺は本土の方で被害を減らすように頑張るからさ」

『気を付けろよ』

「お前もな」

 浦子との電話を切る。

 蛍太郎は、本当にクラスメイトに恵まれていたのだと、つくづく思う。なのに、距離を取っていた自分が恥ずかしい。



 落ち込んでいる時間は無い。

 蛍太郎は、リュックを背負うと、一階に駆け下りる。

 今日は父親も休みだったので、両親とも冷房の効いたリビングにいた。

「蛍太郎。今日はお友達と海に行ってたんじゃ無かったの?」

 母親が心配そうに声を掛けてくる。

 そうだ。

 あの妹の事故以来、始めて友人と遊びに行くと言う事で、両親は非常に嬉しそうだったのを思い出す。

 それにも胸が痛んだが、それ以上に、久々に見た両親の顔が嬉しくて、今度は涙を抑える事が出来なかった。

「父さん・・・・・・。母さん・・・・・・」

 涙をこぼす息子に、父親も心配そうにやって来て、蛍太郎の肩を優しく叩く。背は蛍太郎の方がとっくに追い越していた。だが、その手は暖かく、とても大きく感じた。

「何があったんだ?」

 

 蛍太郎は涙をぬぐった。

「父さん。母さん。これから言う事を真剣に聞いて欲しい」

 蛍太郎は意を決して告げる。

「今から一時間ほどで、大きな竜巻の群れが、この町を襲う。かなりの被害が出るんだ」

「ちょっと、蛍太郎。何を?」

 言いかけた母を、父が止めた。そして、無言で蛍太郎に先を促す。蛍太郎は頷くと先を続けた。

「高台の方は被害が出ないと思うから、今すぐに高台に避難して欲しい。そして、出来るだけ多くの人にも知らせて欲しい」

 父は少し考えてから頷く。

「分かった。お前を信じよう」

「ありがとう」 

「だが、お前はどうするんだ?」

 父には蛍太郎の思いが見抜かれているような気がした。

「・・・・・・俺は、やる事があるんだ」

 これが両親との今生の別れとなる事を、蛍太郎は知っている。

「・・・・・・無茶はするなよ」

 厳しい表情で言う父に、蛍太郎は軽く笑顔を浮かべて答える。

「・・・・・・それは、無理だよ」

 そして、両親に背を向けて、はき慣れたスニーカーを履いて、玄関に置いてあるバイクのヘルメットとキーを手にする。

 家には車の他に、父親の趣味で125CCのオフロードバイクがあった。

「バイク借りるよ」

「ちょっと、蛍太郎。あなた免許無いでしょ?」

「ごめん、母さん。緊急事態なんだ。見逃してよ」

 蛍太郎は悲しそうに笑った。

 これで、両親とはお別れである。両親と、もっと言葉を交わしたい。せめて別れの挨拶だけでもしっかり済ませたい。目に涙が滲む。

「父さん、母さん。今までありがとう。迷惑ばっかり掛けちゃったけど、俺は父さんと母さんの子どもで良かったよ」

 それだけ言うと、蛍太郎は玄関から掛けだした。

 

 バイクのキーを差し、キックでエンジンを掛けると、道路に走り出して行った。

 蛍太郎を追って、泣きながら飛び出してきた母が叫ぶ。

「けいたろーーーーー!!」

 ミラーでその姿を見ながら、蛍太郎は呟いた。

「ありがとう。どうか、いつまでも元気で・・・・・・」

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