第10話 王妃 2

 それから一ヶ月が経った。

 

 蛍太郎とルシオールは、変わらず迎賓館の一室を使用していたが、その内装は、短期滞在用の簡素なものから、長期滞在出来るだけのものに変更された。

 家具も増えて、快適に過ごせるだけの設備が整えられた。

 更に、空室だった隣室にはリザリエが住む事となった。

 

 リザリエとルシオールは、いつも池のほとりや部屋で遊んで過ごした。

 リザリエもポチにはすっかりなれて、ポチに蛍太郎に次ぐ主人と認められるまでになっていた。

 蛍太郎は、数人の講師にそれぞれ、歴史、文字や言葉、地理、社会学など、蛍太郎が知りたいと思っている事への知識を教わっていた。

 それによると、現在はエレス歴三九二六年だった。


 魔法については、リザリエに少しだけ見せてもらった。

 火を点けたり消したり、その程度だった。

 これはリザリエが末席の魔導師で、いわゆる見習いにすぎないからと言う事ではない。見習いであろうと、「魔導師」である以上、魔法使いとしての格は高い。

 彼女の得意とする魔法は、癒しの魔法だという事であるが、それだけでは無い。

 ルシオールの加護の影響がどう出るか分からない為、あまり魔法を見せる事が躊躇われたが故である。


 蛍太郎がイメージするような「魔法」らしい「魔法」は、まだ見ていないが、話によるとイメージ通りの光輝く魔法や、攻撃的な魔法が多く、そうした魔法を使うものほど、周囲から特別視され尊敬を受けるようだ。

 この世界の魔法使いの序列は、より強い攻撃魔法を使えるかどうかに掛かっている。

 詳しい事は魔法学でも学べば分かるのだろうが、これに関しては、蛍太郎はあまり触れさせてもらえなかった。

 ただ、さっきの話にある事からもわかるが、蛍太郎が恐れていたような、人を操ったり、尋問したりする魔法を使うものは、世間や同じ魔導師たちからしても卑しむべき存在とみなされているという事も分かった。

 少なくとも、主席魔導顧問官が使ったりはしないだろうという事は理解出来た。

 それを知ってから、キエルアとも何度か話をする機会が増えた。

 内容はもっぱら蛍太郎の世界の事と、戦の事だった。

 キエルアは軍事力としての主席魔導顧問官なので、彼の興味は自然と戦の方向へと向いてしまうようだった。彼には、戦争のない蛍太郎の住んでいた国がとっても不思議に思えるようだった。




 一方で、リザリエとは、より平和に関する話題、生活水準に関する話題をしていた。

 リザリエは、もはやキエルアの弟子と言うよりは、蛍太郎やルシオールの従者だった。

「そんな技術があるのですか?」

 リザリエが目を丸くする。

「地球でも、かつては不衛生な国、時代があって、ペストやコレラなんていう大変な病気が流行したんだ。その原因が魔女のせいだとか、悪魔のせいだとか言っては、罪のない人々を処刑していった恐ろしい時代があったんだよ。だけど、下水道の整備が進むと、そうした病気は減っていったそうだ」

「地下に排水設備を作るんですね?」

「勿論、そのまま川に下水を流したら、今度は水質汚染になる。だから、生活用水でも、下水でも必ず浄化設備を通さないといけないんだ」

 蛍太郎の学校での成績は良い。英語と美術が苦手なだけだ。興味がある事は自分でも調べてみる凝り性な性格でもあった。

 下水の浄化システムを簡単にだが説明する。

「すごいですね!!」

 リザリエはひたすら感心する。

「インフラ・・・・・・つまり、都市基盤の整備ってとっても大切なんだよ。下水もそうだけど、上水もすごく大切なんだ」

 

 こんな感じで、色々と話をする。リザリエが聞き上手なのもあって、蛍太郎はキエルアにするよりも楽しく話す事が出来た。

 それに、リザリエならば、知識の悪用はしないだろうと信頼してもいた。




 更に蛍太郎は、勉強だけではなく、剣の練習も熱心に行っていた。

 とても戦えるレベルではないが、剣をふるっても、剣に振り回されない程度にはなってきたと、自分では思っている。

 この国の剣は、剣と言うよりは三日月刀と言うように、大きく湾曲した刀が主流だった。

 しかし、蛍太郎としては、学校でやった剣道で使う竹刀に形が似ている直剣の方が使いやすかったので、剣を習った。

 もちろん、剣道とは全く動きも武器の使い方も違っていた。剣道のように振りかぶったり、構えて見せたら「なんだそれは?」「踊りか?」と笑われた。

 蛍太郎は剣道も学校の授業以外には経験した事がなかったので、反論できなかった。

 もっとも、左手には楯も持つので、当然剣道とは違う動きを身につけなければならなかった。

 防具をつけて、木剣で練習するのだが、体中が打ち身だらけになってしまう毎日だった。それでも、いざと言う時にルシオールを守れる程度には力をつけておかなければならないという思いから、積極的に訓練に参加した。



 一度だけ、白銀の騎士ジーンが教えてくれた事があった。

 ほんの一時間ほどだったが、その間は、一度も体を打たれる事がなく、また、いつもギクシャクとしか動けていなかったにもかかわらず、とてもスムーズに連続して剣を繰り出す事が出来た。

 そして、その僅かな間に、自分が一段強くなった事を実感できた。

 これは、すべてジーンが類まれな実力を持っており、蛍太郎の力を最善の方法で引き出した事によるのは、誰の目にも明らかだった。

 ジーンはこの館の誰にも、一目も二目も置かれる存在だったが、誰にも公平で穏やかだった。魔導師たちも、彼だけは特別視しており、蛍太郎の目から見たジーンは、王にもないようなカリスマを持っているように見えた。蛍太郎も、素直にジーンの事を尊敬出来た。

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