第10話 王妃 1

 翌日、蛍太郎はリザリエに起こされた。

 今日は大勢の前での謁見があるとの事だ。

 ようやく会談の段取りが出来たそうだ。

 どの様に段取りを整えたのか知らないが、リザリエの口ぶりでは、蛍太郎の預かり知らぬ所で様々な議論がなされたようだった。

 朝食を食べたのち、蛍太郎とルシオールは、リザリエに伴われて謁見の間へ向かった。

 

 今回案内された謁見の間は、前回の場所とは違い、館のすぐ入口にある部屋だった。

 ここは、イメージにあるような謁見の間と近かった。高い天井に縦長の部屋。部屋の最奥にはこの部屋に一つだけの椅子が数段高い所に設置されている。

 その、いわゆる玉座にはグラーダ王が坐しており、その右手には主席魔導顧問官キエルア。左手には軍事顧問官ガラッハ将軍。

 段の下には左右に別れてずらりと文官、武官が並んでいる。

 その最前列には鷹の様な鋭い目をした美丈夫ジーンが、微動だにせずに立ち、入室した蛍太郎とルシオールを見つめる。居並ぶ面々と違い、不安も動揺もその瞳には現れず、ただ静かに、公平に二人を見つめていた。磨かれた鎧に、黒地に銀糸で描かれた盾十字のマントが、絵画から抜け出してきたかのようにジーンを美しく引き立てていた。

 そのジーンの向かいにはアヴドゥル博士がそわそわした様子で立っていた。何を考えているのか、ルシオールを狂おしいほどのよどんだ眼差しで見つめていた。先日話をした時より、その瞳には狂気が色濃くなっているようだった。

 蛍太郎は、ゲイルの目を思い出して、少しゾクリとする。


 案内に立つリザリエは、謁見の間を最前列まで進み出ると膝をついて礼をする。蛍太郎もそれに倣うべきかとも思ったが、頭を下げるだけにとどめた。


「ルシオール様、ケータロー様両名、お連れ致しました」

 リザリエの言葉に、グラーダ王は一つ頷いた。リザリエは立ち上がると、頭は下げたまま蛍太郎たちの後ろに下がると、そこで再び跪く。



「さて」

 グラーダ王が口を開いた。

「ルシオール様、ケータロー殿。ご逗留、いかがですかな。快適に過ごしておられますか?」

 ルシオールは何も答えない。無表情なその顔からは、何を考えているのか全く計り知れない。

 それが、周囲の人々には恐ろしいようで、一瞬の沈黙にも真っ青になる者もいた。

「快適に過ごさせてもらってます。ありがとうございます」

 蛍太郎が答えた。それでも周囲の緊張は解かれなかった。あまりにもシンとしているので、蛍太郎もいやが上にも緊張してしまう。

「それはよかった。何か不自由があれば何でも言っていただきたい」

 キエルアが何か耳打ちする。グラーダ王は一つ頷くと、本題に入った。

「そなたたちの事で、我が国が一つの決定をした事をお伝えしようと思い、今日はご足労願ったのだが、よろしいですかな?」

 蛍太郎は緊張した表情で頷いた。それが、良い事でも悪い事でも、今は聞くしかない。


「まず、お二人には、今後も我が館に客人としてお留まりいただきたい。側仕えとして、末席魔導師リザリエ師が正式にお仕えする事となります。これは本人の意思を尊重して決定しました」

 一先ず蛍太郎は安堵する。

「お留まりいただきながら、ケータロー殿には、いろいろな知識を身につけるように手配いたしました。この世界の事を知らなくては何かとご不便でしょうからね。後ほど講師たちをご紹介いたします」

 蛍太郎は頷く。一つめは、キエルアからの提案と思われる事項だった。

「次に、お二人の身分ですが、これはこの館にお留まりいただくための便宜上の呼称と考えていただきたい。ルシオール様は、特別魔導武官。ケータロー殿は、特別魔導参謀官。官位はありませんが、この国の賓客ですので、左右の二人と同格と思っていただいて結構です」

 蛍太郎の思考能力と理解力では、これは判断に余る内容だった。

「最後に、役職ですが、これは、特にありません。何かしなければならないことはありませんので、お好きに過ごしていただきたい。ただし、当面は館にお留まりいただき、何かあれば、末席魔導師リザリエ師をお通しくださるようにお願い申し上げる」


 これは何となくわかった。

 つまり、働かずに、時間を自由に過ごしてよいという事だ。

 これまでの数日と同じ様に好きに過ごしてよいが、リザリエの監視も変らずに続くという事だ。とは言え、他の者が監視役としてつくよりはよっぽど気が楽だと言えるだろう。

 この先の展望が全く見えていない蛍太郎にとってはありがたい話だった。


「いかがですかな?」

 グラーダ王の問いに、蛍太郎がすぐに答えてもよかったが、ルシオールの意見も聞くべきだろうと思い、声を掛ける。

「ルシオール、どうする?」

 ルシオールは、ジッと蛍太郎の顔を見つめている。蛍太郎は、ルシオールには難しい判断だと思っていたし、興味もないだろうから、「任せる」とでも言うかと思っていた。

 しかし、ルシオールは何も言わずに蛍太郎を見つめてから小さな、しかし、この広間にいる全員の耳の奥にまで響くような不思議な声で呟いた。

「私は、もうあの部屋には戻りたくない。空があり、食べ物がある。今はそれでよい。ケータローがいてリザリエがいてポチがいる。今はそれでよい。それは私が無知ゆえに。それだけだ」


 「あの部屋」というのが、ルシオールが閉じ込められていた地獄の第八層の小屋のことだとすぐに理解できたのは蛍太郎だけだった。

 居並ぶ人々は迎賓館の粗末さに不平をもらしたのかと勘違いし、青くなったり赤くなったりする者が続出した。

 思いもよらない発言に、蛍太郎自身も戸惑ったが、ルシオールの発言内容は「現状満足」と判断した。

「では、その話は承知いたしました。今後とも、お世話になります」

 蛍太郎はグラーダ王に頭を下げた。

 ルシオールの言葉を、蛍太郎の様に受け取った者もいたが、そうでないものも多くいて、それぞれにそれぞれの解釈をした。無口なルシオールの発言は、それだけで後日の論議の呼び水となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る