第4話 帰郷 1
「こ、ここは・・・・・・」
涙が止まらぬまま、周囲を見回すと、ここは夏休みに蛍太郎が通い詰めていた喫茶店「ルシオール」の前だった。
「何でここに?」
そう疑問に思ったのは僅かだった。
ここは蛍太郎と千鶴が夏休みに会った場所だ。
千鶴にとって、ここは特別な場所だったに違いない。
日本の夏特有の、ジメジメとした蒸し暑さと、照りつける太陽。季節は間違いなく夏だ。
だが、周囲を見ても、竜巻による被害の跡は無い。
と、言う事は、竜巻はまだ襲って来ていないのだろう。
泣いている場合でも、落ち込んでいる場合でも無い。
蛍太郎は慌てて喫茶店「ルシオール」に入ると、店主に声を掛ける。
「すみません、マスター!!」
五十代の渋い店主は少し驚いた表情をするが、穏やかな声で受け答えする。
「ああ、山里君。いらっしゃい」
だが、蛍太郎の服装は、どこかの国の民族衣装の様に見えたので、少し首を傾げる。
店主が蛍太郎の事を知っていると言う事は、あの夏休みの年に間違いが無い。
「今日は何日ですか?!」
尋ねながら、店の時計を同時にチェックする。
「うん?今日は八月十八日だよ。どうしたんだい?」
蛍太郎は店主の問いには答えない。
必死に頭を働かせる。
『間違いない。あの日だ』
クラスメイトたちと大島に行った、運命のあの日だった。
そして、時間は十二時二十分。
正確な時間は分からないが、確か竜巻が出現したのは、昼食を食べてからしばらくしてからだった。多分、午後二時前だったのでは無いだろうか?あの時壊れた時計は何時を指していた?
蛍太郎の時計はエレスにある。それ程真剣に時計の時間を見ていなかった。
・・・・・・確か、十三時・・・・・・三十分過ぎだったはずだ。
とすると、後一時間ほどは時間がある。
今頃、過去の自分も、千鶴も、多田も、小夜子も、みんな大島に行っているはずだ。
『あと一時間。自分に何が出来る?』
考えている時間が既に惜しかった。
「マスター!!信じられないかも知れないけど、後一時間ほどでとんでもない竜巻が発生します!!どうか俺を信じて高台の方に避難してください!!」
「お、おい。山里君?!」
戸惑う店主をそのままに、蛍太郎は喫茶店を飛び出した。
そして、そのまま家に向かって走る。家までは、全力で走れば五分くらいで着く。
エレスでは自転車もバスも無く、戦闘訓練などもしてきたので、体力は日本にいた頃よりある。
心は深い悲しみに沈み込んでいたが、今はその感情に沈んでいる場合では無い。千鶴がこの時間に帰してくれたからには、自分に出来る事を成さなければならない。
でなければ、生きている意味が、戻って来た意味が無い。
今生きている人たちを、少しでも多く救いたい。クラスメイトを助けるチャンスが僅かにでもあるなら救いたい。
そして、何より、今生きている千鶴を救えるなら救いたい。
しかし、時間は一時間しか無い。
「ただいま!!」
蛍太郎は家に駆け込む。
かなり久しぶりで、思わず込み上げてくる感情はあったが、感傷に浸る余裕は無い。
勢いよく自室に駆け込むと、部屋に置きっ放しになっていて、放置されている携帯電話をつかみ取る。
番号登録していて、今、大島にいるクラスメイトに電話を掛ける為だ。
こうしてみると、クラスメイトの番号登録自体がとても少ない事に、今更ながら気付く。
心を閉ざして距離を置いていた結果がこれである。
真っ先に多田に電話を掛ける。相手が電話に出るまでの間に、蛍太郎は目立つエレスの服から着替える。
やはり出ない。
みんな多分、荷物と一緒に海の家に預けているのだろう。
次は藤原に掛ける。
その間に、しっかりとした造りのリュックをクローゼットから取り出す。これは東京にいた頃に買って貰って、ほとんど使っていない登山用のリュックだ。背当て部分にフレームが入っているので、重い物でも背負いやすい。容量は50リットル程度だったか・・・・・・。
それから、千鶴に言われた予言のアイテムを詰め込む。
そのアイテムは、全部蛍太郎の部屋で揃った。
歴史の教科書。辞書。リュックに入るだけの人気漫画。
何の役に立つのか、さっぱり理解できない。
少し待ったが、藤原も出ない。
『
そこで、御山に行かなかった浦子に電話を掛ける。
しばらくの呼び出し音の後、浦子が電話に出た。
『あれ?山里?どうした?』
浦子の声だ。
「ああ。浦子」
浦子が出たので、蛍太郎はホッとため息を付く。友達の声がまたこうして聞けた事も嬉しい。
「あのさ。多田には話したんだけど、ちょっと具合悪くなって、先に本土に帰ったんだよ。で、今、港に着いたら、気象庁からの緊急発表があったんだ!」
話はでたらめである。
浦子の視界内に、過去の蛍太郎がいたら終わりだ。だが、今頃は御山に登っている頃だろう。
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