第5話 黄泉路 5

 この階層は、灰色の岩だか土だか分からないような硬そうな地面で、大きな山があったり、平地があったりしていた。木々も生えているようだったが、それほど豊富ではなかった。

 起伏に富んだ大地は、歩いて空中の高みに行くまで周囲を見通せなかった。


 しかし、ある程度高い所まで行くと、この階層に驚くべき物が見い出せた。

 人家である。大きさも通常のものと同じだが、粗末な家が、大地のある一角に集まって立っていた。

 町と言うよりは、村と言った規模であろうか。小さな集落があった。

 しかし、そこの住人は、人とは思えない異形な化け物である事も想像に難くなかった。

 その通りで、遠目ながら見えた景色の中に、明らかに異形な化け物たちが、それなりに秩序を持って暮らしている様子が見えてしまった。

 異形ながら、粗末な衣服を身に付け、農耕をし、狩猟をしているようだった。

 目を別の方向に向けると、また違う集落があり、そこでは、住人らしい化け物を、同じ集落の化け物が食べている様子まで見えてしまった。

 社会性がある状態なのに、下層と同じく、互いに食らい合う地獄であるのだから、なんともおぞましい。


 疲労した足取りは重く、望まずともそうした光景を足下に長く眺めながら登っていった。

 やがて、赤黒い靄に覆われると、すぐに闇のトンネルに入って行った。

 そして、そのトンネルは短かった。





 次もまた地獄の続きだった。

 上も下も赤黒い靄で包まれており、足もとには大地は無く、赤黒い靄が渦巻いていた。

 ただ、その渦の中に、ぽっかりと浮かぶようなお盆のような地面(島?)がまばらにだが、無数に存在していた。

 その島は、赤黒い渦の上を漂っているようにも見える。


 そして、漂っているのは、小さな地面だけではなかった。

 蛍太郎たちのすぐ横を、前を、半透明な何かが漂っていた。

 人の様であったり、化け物の様であったり、また、漂いながらその姿が次々に変わっていく者も少なくない。

 漂う幽鬼たちは、意識がはっきりしているようであったり、うつろな表情の者もいた。

 幽鬼たちは漂いながら、お盆のような大地の方へ流されていっては、大地に拒まれるように弾き飛ばされていく。そして、また漂い、浮島にゆっくり近づいて行くのである。

 そこで何が行われているのか、蛍太郎には全く理解できないが、なんだかこの漂う霊体のような者たちが哀れに思えてならなかった。

 どこか苦しそうに、悲しそうに呻いている。

 浮島に到達した幽鬼たちは、そこで互いに喰らい合っていて、ここがやはり地獄なのだと言う事が理解できる。

 どこの階層も、結局は互いを喰らい合う恐ろしい場所なのである。

 蛍太郎の耳に、ボソボソと幽鬼たちが囁くような声が聞こえるが、何を話しているのかは理解できない。

 ただ、この階層の住人たちを、蛍太郎の感じた通りに表すとなると、正に「幽霊」の状態なのではと思った。


 この階層の天井は低く、すぐに闇に飲み込まれていった。



 



 次に明るくなった時も、やはり地獄の世界が蛍太郎たちを迎えた。

 なんとなく想像はしていたが、今度の世界は、一面赤黒い靄だけの世界だった。

 どこにも大地は存在しておらず、上も下もない、ドロドロとした混沌の世界だった。

 その世界には、すべての空間を埋め尽くしてしまうほどの濃い密度で、何か目に見えぬ物がひしめきあっているのが感じられた。まるで、すべての死者の魂が、大きな鍋の中でかき混ぜられているかのようだった。

 死者の魂には、自我や意識は感じられない。混ざったり、反発しながら、空間に押しつぶされそうになっている。

 その様は、都心の出勤時間の満員電車のようだった。

 明らかに空間のキャパシティーを超えて詰め込まれている様に感じた。





 そんな光景を後にして、蛍太郎たちは闇のトンネルに入って行った。

 今度のトンネルは長かった。

 だから、蛍太郎は一人、考え事にのめり込んでいた。

 少女の事、多田や千鶴の事、蛍太郎たちを襲った大災害の事、そして、ほたるの事である。

 この少女とほたるのつながりについても考えていた。

 少女とほたるでは、すべてが異なっており、外見から推し量る年齢以外には似通った所などまるでなかった。しかし、蛍太郎は、この少女を妹と重ねてみる事に、意外なほど抵抗がなかった。




 再び光が訪れた。

 目を焼くほどの強烈な明りだった。

 それは白熱した太陽の光だった。温かさと命を感じさせる、偉大な光が、蛍太郎たち二人に降り注いでいた。


「ああ!」

 少女が叫んだ。空を見上げて目を見開いている。その声にも表情にも驚きと感動がありありと浮かんでいた。


 少女が見上げた空は、白い雲がすじの様に横一文字に伸びているだけで、他には染み一つない、澄みきった青空だった。

 蛍太郎は、その少女の歓喜の表情を見て確信する。

 自分はこの少女を守るためにここまでやって来たのだと。

 少女が嬉しそうに蛍太郎を振り返る。無垢な笑顔に、この少女を守らなければと強く思う。


 「あれが『青空』だよ」

 蛍太郎は頷いて、少女の笑顔に答える。

「そして、君の名前は『ルシオール』にしよう」

 蛍太郎が、少女に告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る