第9話 グラーダ国 6
キエルアは、苦笑しながら続けた。
「ルシオール様が無垢な赤子と同じであるとの事は、リザリエからの報告からも確信いたしました。ただ、私はともかく他の者の恐れはたやすくは晴らせんでしょうな。そのためにも、蛍太郎殿からの意見を聞かせていただきたいのです」
蛍太郎は頷いた。
「ルシオールも僕も、たまたまこの世界にさ迷い出てしまったにすぎません。僕の世界にでも帰れるなら、それでよいのでしょうが、ルシオールもなぜこの世界に出たのか分からないようです。ルシオールは地獄の化け物とは敵対している・・・・・・というか、奴らには嫌われているようです。ですが、この世界に対して、何かひどい事をするつもりはないでしょう。あの子は、この世界の青空を見て、嬉しそうに笑い、感動してました。御飯やお菓子を食べるたびに笑顔を見せてくれます。この世界の事が好きなはずです。だから、ルシオールからこの世界に害をなすような事はしないはずです。僕としては、皆さんがむやみに恐れて、僕たちを追いつめるような事はしないでくれれば、問題ないだろうと思っています」
キエルアは、真剣な表情で答えた。
「わかっております。町での事故も、変質者に危害を加えられたための自己防衛であると認識しております。また、砂漠の変事も地獄からあふれ出た魔物から身を守るためだったそうですな」
「はい、その通りです」
自己防衛ではあっても、この国に多大な被害と迷惑を与えたであろうことは想像できた。それについて弁明しなければならないと感じていた。
今は賓客として遇されてはいるが、犯罪者として捕らえられる可能性の方が高かったように思える。そして、この先事態が変わって、その通りにならないとも限らない。
そう懸念していたが、キエルアの言葉は意外なものだった。
「承知しておりますとも。地獄の魔物たちが地上に溢れるのを食い止めてくださったという事でしょう。いや、何も解釈を捻じ曲げておるわけではないですぞ。事実この国、またエレス各地には、地獄の穴が無数にあり、そこから魔物が地上に出て来て被害を与える事が多く発生しております。魔物どころか、魔王が出現する話もいくつかあります。蛍太郎殿も、アヴドゥル博士の話を聞いたでしょう。魔王エギュシストラ」
その名前は確かに聞いたので、蛍太郎は頷く。
「我々からすると、最も恐ろしい魔王だったのですが、ケータロー殿の話を聞くと、彼の者でさえ、ただの雑魚でしかないようですな。私も、あの夜見た、天を覆い尽くすかのような巨大な目を見たので、実感として理解できますわい。そんな魔王どもが地上に出てきたら、この世界は終わってしまう事でしょうな。それをルシオール様の力で押さえて留めておるのは事実。ルシオール様がおられることが安全を保障してくださっておるのです」
キエルアは真剣な表情だった。彼の口調からは、今後もルシオールを擁護してくれる感触が得られた。
「確かに、奴らはルシオールを恐れているでしょう」
蛍太郎の追従にキエルアは満足そうに頷いた。
「それで、ケータロー殿はこれからどのようになさる予定ですかな?」
これは予想できた質問だった。蛍太郎は正直に答える。
「わかりません。ですが、出来るならば平穏にルシオールと暮らしたいと思っています。こちらでしばらくご厄介になるわけにはいかないでしょうか?僕たちにはほかに頼るべき所がありません」
「それはよかった。是非そうなさるべきでしょう。お二人には不自由はさせますまい」
キエルアは手を打って請け合った。蛍太郎は胃の辺りに溜まっていた重たいものが取れたような感じがした。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「なんの。私個人から言わせてもらえば、こんな光栄な事はありませんからな」
暗に、恐れたり、反対する者も居る事を匂わせる発言だったが、魔導師は咳払いをして話題を転じた。
「もう一つ。ルシオール様の正体について、本当のところ何かご存じではないかと思いましてな。アヴドゥル博士の一方的な意見ではいささか信憑性に欠ける。ケータロー殿はどれほど魔法に通じておられるか分かりませんが、地獄と言うのは、我々の使う魔法の力の働きとは全く異なる世界ですので、魔導師としては実に未知で理解し難い世界なのです。つまり、我々の世界には属していない世界と言う事です」
蛍太郎には、すぐにどういう事なのかが分かった。漫画やアニメ、ゲームなどではおなじみの「異世界」「多次元世界」「並行世界」といった舞台設定。魔法にも「黒魔法」「白魔法」「召喚術」「陰陽道」「仙術」などなど、意外なほど耳なじんでおり、キエルアが想像している以上に理解できていた。
何より、蛍太郎自身が「異世界」の住人なのだ。理解は実感を伴っていた。
「キエルアさんの言う事は分かります。でも、ルシオールの正体なんて言う事は、僕には分かりません」
分かりたくない気持ちも半分以上ある。
「そうですか。・・・・・・では、ケータロー殿がルシオール様を見つけたとき、何かが書かれた紙がルシオール様の顔についていたと言っておられましたな。その模様を教えていただけますかな?」
「え?それはまた、どうして?」
突然の切り口に、蛍太郎は戸惑った。
「いえ。その話を聞いたときに、何かのまじないではないかと思ったのです。もしかしたら、それがルシオール様の正体に関する、何か手掛かりになればと思いましてな。ルシオール様への理解を深める事は、今後ルシオール様をお助けする役に立つでしょうからな。」
確かに、またルシオールの力が溢れ出した時に、何も出来ないままではいられない。ルシオールを守りたいなら、ルシオールの事も知っておかなければいけないかもしれない。知りたくないなどと言っていてはいけないのかもしれない。
「しかし、僕はほとんど覚えていません。よく見てもいないし」
「大体で結構です。紙と筆も用意しております」
「はあ・・・・・・。じゃあ、適当ですが・・・・・・」
そう言うと、なんとか思い出そうとしながら、紙に筆を走らせる。かなり適当で、何か一つでさえ合っている自信はなかった。グネグネの線や、目玉の様な模様、適当に線を走らせただけの文字の様な落書き。
「・・・・・・やっぱり無理です。ちらっと見ただけですし、覚えていられるような状況じゃなかったですから・・・・・・」
出来上がった御札もどきに、げんなりして呻いた。
「いやいや。これでも十分研究出来るでしょう。大切に預からせて戴きますぞ」
キエルアは、「フムフム」と熱心に御札もどきを眺めてから、テーブルの端に広げて置いた。
「不思議な様式ですが、研究により何か掴めるでしょう。わかった事があればすぐにお知らせしましょう」
「はあ・・・・・・」
蛍太郎は、ため息をつきながらも、少しは役に立てたかと安堵した。
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