第8話 あの夏 2

 話し終えて、蛍太郎は後悔した。

「ご、ごめんなさい。私、とんでもない事・・・・・・」

 千鶴の目から涙が溢れてくる。

 不愉快な思いをさせてしまった。そんな話聞いたら、どう反応して良いか困るのは当然だ。蛍太郎は慌ててフォローを入れる。

「あ。き、気にしないで。こっちこそ、いやなことを聞かせちゃった。忘れてくれていいよ」


 恐らく千鶴は心優しい女の子だ。酷くショックを受けて、結局ゴミ捨てが終わってからもしばらく泣き止まなかった。

 蛍太郎はオロオロしながら、泣き止むまで付き合って、ようやく泣き止んだところで校門で別れたのだ。

 千鶴に背を向けた蛍太郎の胸が痛んだ。

 千鶴は蛍太郎の八つ当たりを受けてしまったようなものである。


 蛍太郎は、泣き止んだ千鶴の言葉を反芻する。

「・・・・・・それは、山里君のせいじゃないよ・・・・・・。そんな風に思って居たら、妹さんも、多分ずっと心配しているよ。よく知らないのに生意気な事言ってごめんね。でも、多分妹さんはお兄さんの事が大好きだったはずだもん」

 真っ赤になりながら、必死に言葉を選びながら千鶴が言ってくれた言葉。

 何度も色んな人に言われてきた言葉で、その度に蛍太郎は否定して、拒絶していた言葉だった。

 だが、今は素直にそうなんだろうなと思う。

 割り切れないのは蛍太郎のせいだ。割り切れなくあるが、今の蛍太郎にとって、その言葉は有り難かった。





 場面が唐突に切り替わる。教室の昼休み。

 蛍太郎は出来れば一人で弁当を食べていたかった。

 耳鳴りがする思いで妙にイライラする。

 しかし、彼らが悪い訳ではない事は承知している。

 問題は自分の心構えの方にあるのは充分理解している。

 ただ、理解している事と気持ちは別の問題である。特に耳障りなのが彼の言葉遣いだった。

「な~な~。教えてくれてもいいジャンよ~」

 出会ってまだ二日にしかならないのに、彼はなれなれしい事甚だしく、断りも入れずに肩を組んでくる。

 背は自分と大差は無いので、肩を組むにはちょうど良いのだろう。だからといって、急にくっついてこられては困る。特に気分の問題としては深刻だった。

「この前テレビでやってたラーメン屋って、山里の家の近くだったそうジャン?ほんとにうまかった?」

 興味の無い内容の話だ。近くといっても話に聞くと隣の区だし、ラーメン屋は山ほどある。

 行列の出来るラーメン屋など東京では正直珍しくもない。

 その上、蛍太郎はわざわざ並んでまで食べたいとは思わないタイプの人間だった。

 イライラする事に、この男の話題はコロコロ変わる。「女子か!」と突っ込みたくなるぐらい、どうでも良い話題が次々出てくる。

「え~と、多田君?俺、あんまりよく知らないんだ」

 努めて笑顔で無難に答えたが、言葉に抑揚がないのは自覚できた。

「フフフ。クールジャン。さすが東京者!それが東京・ザ・クールなんだな!?」

 多田は意味不明な発言をして、なにやら悦に浸っている様子だった。

 蛍太郎は本心で放っておいて欲しいと思った。

 周囲のクラスメイトたちがドッと笑って「なんだそりゃ」とツッコミを入れても、笑う気分にはならない。

 無理に笑みを浮かべようとしても、口の端が引きつりそうなので、反応する事はやめておいた。

 

 東京から東北に引っ越して来てから、妹の死に打ちのめされて沈んでいた気分が少しは変わるだろうかと期待していたが、すぐにとは行かない。

 引っ越して来てから、編入の手続き、家の片付けなどがあり、それなりに忙しく数日を過ごしているうちは、気分が変わる気もしていたが、学校が始まり、こうして集団に囲まれていると、そんな自分を許せない気持ちになってくる。

 自分を責める気持ちは特に変化がなかった。

 友達を作って、楽しく冗談を交わしたりはとうてい出来そうもない。

「じゃあさ、なんかおしゃれなお店とかあんジャン?案内してくれよ!」

 かなりザックリとしたリクエストに、内心ため息が出る。

 少なくとも蛍太郎は、それほどおしゃれには気を遣っていない。

 同級生に比べると、シンプルなデザインの物が多く、値段も安い物ばかり使っていた。

 そもそも、東京にしかないファッションもあるのだろうが、東北でも町中に行けば手に入る物がほとんどである。

 もっとも、どういうわけか、町を歩いていても、確かに着こなしが東京の若者たちとは違って感じるのが不思議でならなかった。

 服ではない「おしゃれなお店」となると、蛍太郎としてはさらにお手上げな状況になる。

 全く知らないわけではないが、彼らの妙な期待値の高さに、満足出来る店を紹介出来る気が全くしないのである。

 それこそ、蛍太郎もガイドブックや情報誌を読みあさって予習する必要がある。



 蛍太郎の学校は、二学期には三年生が修学旅行で東京に行くのである。他校では二年生が行く場合が多いのに、三年生がこの時期に修学旅行に行く理由としては、大抵の生徒の進路は、地元に密着しており安定している事が理由らしい。

 事実、このあたりの高校は三年が修学旅行に行くところが多い。

 今は沖縄や海外に行く学校もあるが、ここは定番の東京だ。「お台場」「秋葉原」とはしゃぐクラスメイトと同じテンションには到底なれない蛍太郎である。

 

 クラスメイトにしてみれば、そうして盛り上がっているところに、東京のエキスパートである「東京者」が現れたのだ。

 皮肉にも蛍太郎の望みとは逆に、目立たざるを得ない状況となったのである。

 そして、昨日から、この多田を中心とした男子数名に、執拗な質問攻めにあっていたのだ。

 困った事に、このやりとりはクラス全体での関心事でもあるらしく、みんなが聞き耳を立てているのが丸わかりであった。


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