第11話 自由 2
毛むくじゃらの腕が再び地上の空間に伸びてくる。次に体と頭。そして足。全身が地上に出て来ると、空間は音もなく閉じ、消滅した。
出現した魔物は毛むくじゃらの猿と人間を合わせた様な姿で、まるで雪男イエティのようだった。ただ異様に腕が長い。
大きさが二メートル程なところを見ると、地獄の第三層の魔物か、第四層での下っ端か。
だとしても、蛍太郎にとっては、とても歯が立たない相手である。
魔物は、地上に現れると、まず暗殺者の胴体を食べる事にしたようだった。
蛍太郎に気付いているのか、いないのか分からないが、下手に動かない方がよさそうだった。
しかし、地獄の魔物が現れた事から考えるに、さっきの激震の元はルシオールであるのが明白である。それ故に、すぐにでもルシオールの元へ戻らなければならなかった。
蛍太郎は自分の退路を確認した。壁が崩落している所があるが、薄暗い廊下は、出口までちゃんと繋がっていた。
蛍太郎にとって、さほど覚悟を決める必要がなかった。心に満たされた怒りと憎しみは、恐怖を廃して行動に移させた。暗殺者の死体をむさぼっている魔物には目もくれずに走りだした。
蛍太郎の急な動きに、魔物も反応する。長い腕を伸ばして、脇を通り抜ける蛍太郎を捕まえようとしたが、躊躇なく走る蛍太郎を捕まえる事はできなかった。
それに怒った魔物は、死体を放り出して蛍太郎を追いかけた。
蛍太郎はその気配を感じると、一瞬振り返り、持っていても邪魔にしかならない練習用の剣を魔物めがけて投げつけた。魔物はそれを難なく腕で払いのけたが、一瞬足が止まった。
その間に蛍太郎は廊下を抜けた。
廊下を抜けると建物の外に出る。城壁にそって少し行くと本館となる。その本館の裏手にアーチ状の門があり、そこを抜けると中庭となる。
距離としては百メートルほどだが、小屋があったり、植物が植わっていたり、また、建物に合わせて行くので曲がりくねって行かなければならない。
魔物はすぐ背後に迫っているので、とても逃げ切る事など出来ないだろう。
そこで、蛍太郎は叫んだ。
「誰か!魔物が現れたぞ!魔物が城内に侵入した!」
聞きつけた兵士が助けてくれるかもしれない。その間にルシオールと合流するのだ。
しかし、そこで気付いた。館の至る所から叫び声が聞こえる。悲鳴に混じって、兵士たちの怒声も聞こえた。
さっきの激震だけでも混乱を極めているであろうが、どうやら、魔物は一匹だけではないようだ。
「まずい。これではこちらに助けが来ないかも知れない」
振り返ると、魔物の手が今まさに蛍太郎の頭を捕らえるところだった。咄嗟に頭をそらせて躱すが、バランスを崩して派手に転倒してしまった。
転倒しながらも一回転してすぐに立ち上がった。まるで回転レシーブだ。
そして、すぐにまた走ろうとしたが、目の端に白銀の輝きが見えた。
「動くな!」
鋭い気合いとともに、いくつかの光の線が蛍太郎の目の前に現れた。
キンッという甲高い美しい音が響いた。
直後に、ズンッと音を立てて魔物が地面に倒れる。
蛍太郎の目の前にジーンが立っていた。ジーンは一見華奢な剣を鞘にしまうと、蛍太郎を振り返った。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
「礼はいい。それよりこの事態だが・・・・・・」
ジーンの言いたい事が分かった。
「はい。おそらく魔物がルシオールを狙って侵入してきたのでしょう」
実際は、ルシオールが無意識に地獄の門を開いたのかもしれないが、明らかにマイナスとなる発言は避けた。
ジーンもその可能性について考えを巡らせた事だろう。
「わかった。いずれにせよ、ルシオール殿をお守りせねばなるまい」
ジーンは中庭に向かって走り出した。
この世界を滅ぼすほどの力を持つといわれるルシオールを「守る」という事は、甚だナンセンスな事なのだが、蛍太郎同様、ジーンも本気でそう言っていた。
蛍太郎もすぐにジーンの後を追った。
アーチ型の門が見えた所で、またしても魔物と遭遇した。魔物は四足の獣の姿で、兵士に囲まれていたが、足もとには数人の兵士が倒れて動かない。
「どいてろ!」
走りながらジーンが叫ぶ。ジーンの全身が光輝くように見えた。
ジーンの姿が一瞬のうちに目の前から消えて、次に現れた時は魔物の前を通過していた。
手には剣を抜き放っており、次の瞬間、魔物の首が地面に落ちる。ジーンはそれを確認することもなく走り過ぎる。
正に閃光である。
「つ、強すぎる」
蛍太郎も、兵士たちも感嘆の声を上げた。
アーチを抜ける前に、蛍太郎は館のテラスに魔物がとりついているのが見えた。
その魔物がこっちを見たような気がした瞬間、全身を青白い光球に包まれた。
光球は青白い炎と稲妻を発して爆発した。魔物は原形をとどめない消し炭になって蛍太郎の後ろの地面に落ちた。
見上げると、テラスからキエルアが姿を現した。
そして、下にいる蛍太郎と目が合うと、奇妙に表情を歪めてすぐに姿を消した。焦燥と後悔と不快さがその表情に浮かんでいたように思えた。
蛍太郎の目にも、キエルアに対する憎しみと怒りが浮かんでいたことだろう。
しかし、今はキエルアにかまっている場合ではなかった。
蛍太郎は急いでアーチを潜り抜けた。
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