第11話 自由 3

 ようやく中庭に着いた。迎賓館と池は目の前である。

 中庭には、さらに魔物が七、八匹いた。どれ一つとして同じような姿の者はなかった。その魔物に囲まれて、黄金に輝く髪が見えた。ルシオールが池の畔に立っている。近くにはリザリエが座り込んでいる。

 ルシオールめがけて走る白銀の盾十字の騎士。その横合いから、さらに魔物が現れて、ジーンを阻止しようとする。

「ルシオール!」

 蛍太郎が叫ぶ。ルシオールがこっちを向いたように見えた。しかし、すっかり魔物に囲まれてしまっており、はっきりとは確認できない。

 急ぐ蛍太郎の横合いからも、さらに魔物が数匹現れた。それをジーンが防ぐ。

「ここは任せて、ルシオール殿の元へ行くのだ!」

 ジーンがすさまじい剣技で魔物を切り伏せて行く。

 蛍太郎がルシオールの元へ行ったところで何が出来るわけでもないだろうが、蛍太郎も、ジーンも、それがこの事態を打開できると信じているようだった。


「ルシオール!」

 再び蛍太郎が叫んだ。

 すると、ルシオールを囲んでいる魔物が、黒い霧に包まれたかと思うと、グチャッという不快な音の後に、大量の液体と十センチ立方ほどの塊になって地面に転がった。

 黒い霧は蛍太郎の方に伸びてきて、トンネルの様に筒状を形成する。

 蛍太郎はその中を走り、残った魔物の包囲を抜けてルシオールの元へたどり着いた。


「ルシオール!」

 蛍太郎はルシオールを抱きとめた。そして、素早く全身を確認する。どこも怪我はないようだった。

 近くに座り込んでるリザリエをチラリと見るが、リザリエには声をかける事すらしなかった。


 ルシオールを確保すると、蛍太郎は改めて周囲を見る。ルシオールの周辺がぼんやり輝いており、その輝きの内へは、魔物たちは近づけないようだった。

「ルシオール。こいつらをどうする?」

 蛍太郎が問う。

 しかし、ルシオールはぼんやりした様子で呟く。

「ケータロー。ポチがな・・・・・・」

「ポチ?」

 リザリエの膝の上にポチが倒れ込んでいて、身動き一つしていない。その口からは血を吐いたような跡があった。すでに死んでいるようだ。

「こいつらがやったんだな!」

 ジリジリと近づこうと狙っている魔物たちに蛍太郎の怒りが噴出した。

 すると「ああ!」とルシオールが叫んだ。

「だめだ!力が出る!」

 ルシオールが叫ぶ。

 蛍太郎はハッとした。ルシオールの力の暴走は、もしかしたら、蛍太郎の憎悪や怒りに連動して引き起こされるのではないだろうか?だとすると、すべての災いの元凶は蛍太郎自身なのではないか?そう考えた瞬間、心を満たしていた憎悪や怒りの炎が消えていった。


「ごめんよ、ルシオール。大丈夫か?」

「・・・・・・大丈夫。止まった」

ルシオールがため息をついた。

「でも、ポチが動かなくなったのだ。走らないのだ」

 リザリエが蒼白になりながら蛍太郎の方を見つめる。蛍太郎はリザリエには関わりたくなかった。蛍太郎を暗殺しようとしたキエルアの弟子だ。すべて計算ずくで蛍太郎やルシオールに近付いたに違いない。

「あいつらがやったんだ!」

「あれがいなくなると、ポチは動くのか?」

 ルシオールが訊ねる。蛍太郎は返答に詰まった。

 しかし、その瞬間にルシオールの腕が持ち上がった。動作はそれだけだった。記者会見でのカメラのフラッシュの様に、単発の鋭い光が周囲に何度も引き起こされた。その光は館全体に発生して、すべて余す所なく照らしだした。

 

 それで終わった。

 フラッシュが止むと、館に現れた魔物が全て黒いチリとなり、崩れ落ちていった。

 兵士たちの歓声が、いたる所で沸き起こった。


 しかし、ルシオールの望みは果たされなかった。リザリエの膝で倒れているポチは、やはり動く事はなかった。蛍太郎は、ルシオールの肩に手を置いた。

「あいつらがやったんだ」

 三度同じセリフを言う。

 リザリエがジッと蛍太郎を見つめている。その唇が震えながら、弱々しく蛍太郎に事実を告げる。

「ポチは、ルシオール様に・・・・・・。ポチがルシオール様に・・・・・・」

 蛍太郎はハッとなってルシオールを見た。

「ケータロー。ポチが噛んだんだ。ビックリしたんだ」

 ルシオールが困った様に蛍太郎に告げる。蛍太郎はリザリエの方を向く。

「どういう事だ?ちゃんと説明しろ!」

 リザリエに怒鳴る。リザリエは蛍太郎のこれまでにない剣幕に驚き、肩を震わせたが、すぐに話し出した。

「ルシオール様が急にボンヤリしたと思ったら、ポチがルシオール様に向かって吠えだしました。私がルシオール様の元へ行こうとしたら、急にポチがルシオール様に飛びかかって、手に噛みついたのです」

 ルシオールの手を急いで確認するが、左右どちらの手にも傷一つなかった。リザリエは首を振った。

「その時は血が噴き出ました。そのとたん、ルシオール様の真上に光が走ると、何が何だか分からなくなって、気がついたらポチがルシオール様の近くに倒れてました。その後です。化け物たちが現れたのは」

 リザリエの言葉に、蛍太郎はよろめいた。

「ああ!」

 すると、ポチを死なせたのはルシオール・・・・・・いや、蛍太郎だったのだ。

 蛍太郎が暗殺者に襲われた時の激しい憎悪が、ルシオールの力を呼び起こした。その力を本能的に察知したポチが、リザリエを守るために飛び出した事がきっかけとなって、ルシオールの暴走を招いたのだ。

 ポチにとってルシオールはあくまでも対等。主人は蛍太郎であり、リザリエだったのだから、主人を守ろうとしたにすぎない。

 しかし、ルシオールにとってポチは友達だったのだ。その友達を死なせたのは、蛍太郎でありルシオールだったのだ。

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