第11話 自由 4

「どうすれば動くのだ?」

 ルシオールは不思議そうにポチを見つめている。手にはボールが握られており、それを投げるそぶりをして見せたりしていた。

 剣を収めたジーンもその様子を無言で見つめている。

「ポチも私みたいに寝たら起きないのか?」

 ルシオールは、まだ「死」と言うものを知らなかった。言葉では知っているのだろうが、それがどういう事か理解出来ていなかった。蛍太郎はルシオールを抱き締めた。

「苦しいぞ」

 ルシオールが抗議の声を上げた。


「ルシィ。ポチはね。死んだんだよ」

「死んだ?」

 ルシオールが小首を傾げた。

「死んでも動けばいいのだろ?」

「死んだらね、もう動かないんだ。もう遊べないんだ。御飯も食べれない」

 一言一言を言い聞かせる。

「遊べない?動けない?」

 ルシオールは少し考えた。

「ではポチはどうなるんだ?」

「・・・・・・天国へ・・・・・・」

 そう言いかけて蛍太郎は思いとどまった。ルシオールは地獄から来たのだ。安易に天国なんて言うわけにはいかない。

「死んだら、土になるんだ。土になって、他の生き物たちを生かしてあげるんだ。でも、僕たちはポチにはもう会えなくなったんだよ」

「やだ!」

 ルシオールが叫んだ。激しく感情を表した叫びだった。

「やだー!」

 再び叫んだとき、ルシオールの目から大粒の涙がこぼれた。その感覚にルシオール自身が驚いていた。

「・・・・・・私がポチを死なせたのだな」

 ルシオールが呟いた。

「いや、俺のせいだ。ごめん」

 きつくルシオールを抱き締めたが、今度は抗議の声は上げない。


「ケータロー。死ぬって、悲しいね」

 いつか蛍太郎がルシオールに話した事を、少女が口にする。そして、ハッと気づいて蛍太郎に尋ねる。

「ケータローも・・・・・・死ぬのか?」 

「・・・・・・いつか」

 それはいつの事だろうか。

「やだ・・・・・・」

 ルシオールの瞳からまた涙が溢れ出す。

「そんなこと許さんぞ」

 ルシオールはそう小さな声で呟くと、蛍太郎の胸に顔をうずめて声を上げて泣いた。

 小さい子が初めて「死」を知った時、両親の「死」を想像して不安になり泣くように、ルシオールも始めて「死」を知り、「生」を学習した。

 自分の力についても、恐れを抱くようになった瞬間だった。

 


 周囲は多くの兵士や高官たちが取り囲んでいた。今回の災厄にルシオールが関係しているであろう事は、事情を知る者たちにはすぐに想像できたからだ。中にはこの混乱に乗じて、さっさと館から逃げて戻って来ない者もいた。


 誰一人、声をあげる事なくその様子を遠巻きに見ていた。ルシオールが魔物を呼んだのか、それとも、現れた魔物を退治したのか。

 事実は不明である。

 人によって、前者と受け止める者、後者と受け止めるもの様々であったが、非難の声にせよ、称賛の声にせよあげる者がないのは、ルシオールの傍らに佇むジーンが鋭い視線を発して周囲の静謐を守っていたからだった。


 やがて、ルシオールが泣きやんだ。蛍太郎がそっと体を離すと、リザリエからポチの死体を受け取った。

 そして、ルシオールを連れだって中庭の片隅、池の近くに向かった。蛍太郎は地面を手で掘った。やわらかい砂なので、ポチを埋めるだけの穴はすぐに掘る事が出来た。

「ポチに『さよなら』を言って」

 ルシオールに促しつつ、手本で両手を合わせて「ポチ、さよなら。ありがとう」とつぶやく。ルシオールもマネをする。

「ポチ。さよなら。ありがとう」

 砂をかけてすっかり見えなくなると、近くにあった少し大きめの石を墓標として置いた。


「ケータロー」

 ルシオールが呟いた。

「私はケータローを死なせないからな」

「ああ。俺もルシオールを死なせないからな」

 多くの者に見守られる中、それらには目もくれることなく二人は迎賓館の扉を開け部屋に入って行った。

 ただ、部屋に入る前に、蛍太郎はジーンに一つ頭を下げた。ジーンも返礼をすると、周囲にいる者に手を振って解散させた。



 ルシオールは、しばらくぼんやりとベッドに座っていたが、そのうち座ったまま眠ってしまった。

 リザリエが部屋の戸を叩き、心配気に声をかけてきたが、蛍太郎にドア越しに「消えろ!」と言い捨られ、その日はもう訪ねて来なかった。

 蛍太郎も、その日は部屋から一歩も出ず、女官が食事を運んで来ても中に入れず、部屋にある果物とパンを食べた。

 魔物襲来の惨劇があったばかりなので、誰もこれ以上ルシオールを刺激するような事はしないとも思ったが、確証は持てなかった。

 ドアにかんぬきを掛けて、窓の鎧戸も閉めた。そして、その日は過ぎた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る