第11話 自由 5
翌日の朝、蛍太郎とルシオールはグラーダ王に呼び出された。
リザリエが先導して、謁見の間へ行く。先導するリザリエの眼の下には隈が出来ていた。
謁見の間に着いた蛍太郎は、そこに居並ぶ高官たちの数が減っているのに気が付いた。
何より、国王の右手にいるはずの主席魔導顧問官キエルアの姿もなかった。
替わりに、痩せた中年くらいの魔導師が立っていた。青白い顔で、どこかオドオドして見える男だった。
「ルシオール様、ケータロー殿。昨日の魔物襲来についてお聞きしたいことがあるのだが」
グラーダ王が言葉を発すると、すぐに蛍太郎は手を上げて、国王の言葉を遮った。
「ルシオールが座る椅子と、お菓子を用意してください」
一方的な要求であり、異例の事であり、無礼極まりない行為だったが、それに異を唱えられるものはいなかった。
すぐに要求は聞き届けられた。
用意されたお菓子に、ルシオールが「いただきます」をして手を伸ばそうとする所を蛍太郎が止める。そして、一番近くにいる男に差し出した。
「毒見をしてもらおう」
毒見の結果、安全と分かると、そこでルシオールにお菓子を勧めた。ルシオールがお菓子をほおばる。
「よ、よろしいかな?」
国王の問いに、また蛍太郎は手を上げて制する。
「僕の世界には、美容室と、理髪店があります。僕はもっぱら理髪店ですが、時々自分で髪を切る事があります」
唐突に話し出した。
居並ぶ人々は、目を丸くして、この無礼な若者はいったい何を言い出すのかと頭を傾げた。
それから、しばらく蛍太郎は取り留めのない話をダラダラと続けた。話の内容など全くない。
途中、我慢しきれなくなった者が怒声を上げかけるが、その度に国王やジーンがそれを押しとどめて、蛍太郎の気が済むまで話を続けさせた。
三十分ほど話し続けると、隣で大人しく座っていたルシオールの首が下を向いた。座ったまま眠りこむ。蛍太郎はため息をついた。
「これでよろしいのですな」
グラーダ王もため息をついた。
「はい。お待たせいたしました」
蛍太郎が深々と頭を下げる。
これからの話はルシオールに聞かせたくなかった。だから、蛍太郎は昨夜ほとんど眠らずにこれまでの流れや、ここからの話について何度もシュミレーションして組み上げていた。
「昨日の魔物襲来ですが、アレについてはよく分かりません。魔物の目的は、ルシオールの命を狙ったのだとは思いますが、なぜ、どうやって出現したのかは分かりません」
蛍太郎は話しながら、不意に怒りがこみ上げてくるのを感じ、それを懸命になだめると、声を落として言葉を継げる。
「しかし、最後に撃退したのは、間違い無くルシオールです。それをお忘れなく」
この広間にいるほとんどが、蛍太郎にとっては敵だった。信じられる人物はジーンと王妃のみだ。しかし、王妃はこの場にはいなかった。ジーンの友と言う一点では国王を信じてもよいのかもしれないが、確信は持てない。リザリエを含め、魔導師は特に信用ならなかった。
「それは承知している。我が友ジーンも証言している」
国王の言葉は蛍太郎の想定内だった。
「証言ですって?それでは我々は罪人としてここに呼び出されたのですか?」
「いや、そうではない。ただ、今回の件に、そなたたちがどの様に関わっているのかを確認したかっただけだ」
国王が狼狽する。蛍太郎とルシオールを怒らせるわけにはいかない。昨日の様な惨事は沢山だった。
「それより、陛下。僕としては、魔導師キエルアがいない理由が知りたいのですが」
国王は困惑した表情をする。
「それが・・・・・・我々にもわからぬのだ。他にも姿を消した高官たちがおる。単に避難しただけならよいのだが、魔物に捕らえられたのではないかと心配して、捜索隊を編成したところだ」
蛍太郎は意地悪く笑い声を上げた。
「陛下。そいつらは魔物に捕らえられたわけではありません。逃げたんですよ。魔物が怖くて逃げた奴ならいいですが、キエルア含め、何人かは自ら起こした罪によって逃げたのです」
広間中がどよめく。リザリエも驚きの表情を浮かべる。
「罪とはなんだ?」
「それは暗殺です。僕を暗殺しようとしたのです」
どよめきが更に高まる。
「なんと?」
国王が思わず玉座から立ち上がった。
「僕は昨日、ジーン様と剣の練習をして、その帰り道に暗殺者に襲われました。間一髪でしたが、ルシオールが僕を守るための魔法が働きました。それが、あの光と地震だったのです。その後、なぜ魔物たちが現れたのかは分かりませんが、僕が考えるに、大きな魔法を使った事で、ルシオールが保護していた地獄と地上の間の障壁が弱まったのでしょう。そこを衝いて、魔物たちが地上に姿を現したのではないでしょうか」
蛍太郎は周囲の人々の反応を見る。動揺する者、不審がるものばかりが目につく。
「暗殺を依頼したのはキエルアです。彼の目的は、この国を乗っ取る事だったのではないでしょうか?彼は、ルシオールの力を自分が掌握し、操る事を企んでいました。弟子であるリザリエを僕たちのそばに置く事で、ルシオールを懐柔し、逆に僕に勉強や訓練を課す事で、ルシオールと引き離しました。そして、十分ルシオールがリザリエに懐いたと判断したため、邪魔になった僕を暗殺しようとしたのでしょう」
「証拠があるのかね?」
国王自身も動揺しながら訊ねた。
「僕は魔物に襲われながら、テラスに出てきたキエルアを見ました。向こうも僕に気付きましたが、僕の顔を見るとあわてて姿を隠しました。その表情は、僕が生きている事への驚きの表情だったように思います。そして、証拠と言うなら、主席魔導顧問官でありながら、このような時にこの場におらず、行方をくらましている事が一番の証拠ではないでしょうか?」
どよめきが激しさを増す。蛍太郎への非難も起こり始めた。
「生意気な」「恥知らず」「化け物の奴隷が」などと言う声も、蛍太郎の耳に届いた。
そんな罵詈雑言を、蛍太郎は皮肉な笑顔を口元に浮かべて聞き流す。
リザリエが床に突っ伏して泣き出したが、それを気にも止めなかった。師匠に利用され、失敗すると見捨てられた事を考えると哀れに思えなくもないが、キエルアへの怒りが勝った。
「推論もありますが、事実です。罪を問うなら、姿を消したキエルアたちこそが大罪人です」
蛍太郎が言い放つ。寝ているルシオールの手を握った。
これでもし蛍太郎に剣が向けられるようになったとしても、ルシオールは逃がさなければならないからだ。
ルシオールが目を覚ますと、一瞬で広間が静まった。
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