第11話 自由 6
ジーンが進み出て、国王の右手にいる魔導師を段の下に降ろす。
そして、国王の肩に手を置くと、全員に宣言した。
「私はケータロー殿を信ずる。私はかねてより、キエルアへの不信を抱いていたし、それを陛下に忠告もしてきた。そして、暗殺者の件だが、実は証拠がある。ケータロー殿の言うように、練兵場からの廊下に、何者かの死体と、武器が転がっていた。その武器は、暗殺者どもがよく使う類の武器で、およそその場には不自然過ぎる物だった。今朝それを発見した兵士たちに話を聞いて、何かあると思っておりましたが、ケータロー殿の話で合点が行った」
ジーンが手を上げた。すると、いつの間に手配したものか、兵士たちが広間に入って来て、数人の高官たちを連行していった。
その中にはリザリエもいた。
ルシオールが不思議そうにその光景を見つめていた。
「ケータロー殿、ルシオール様。お二人には大変申し訳ないことをいたしました。私どもはどうお詫びをすればよい事か・・・・・・」
国王が階を降りて跪いた。ジーンや、他の者たちもそれに倣った。
「お立ちください。少なくとも、今いる皆さんが僕たちと友好関係を築いて行けるなら、それで問題はありません。ジーン様には危ない所を何度も助けていただきました。お礼も言えず、申し訳なく思っていました」
想像していたよりも、自分たちにとって都合が良い展開に驚きつつ蛍太郎が慌てて声を掛ける。それもこれも、ジーンが事前に調査してくれていたおかげなのだろう。
「そなたたちは、王妃だけでなくこの国も救ってくださったのですな」
国王が言う。
しかし、その言葉に蛍太郎の胸が痛んだ。魔物襲来のメカニズムは、蛍太郎が想像した、自分たちに都合よくなるためのでっちあげに他ならない。
蛍太郎自身が信じている推測は、ルシオールの暴走が地獄と地上を結んで、地獄の化け物が現れてしまったのだろうと言うものだった。
つまり、事実は沢山の被害を巻き起こしながら、なんとか事態を収拾させたと言ったところだろう。だから、蛍太郎はあいまいな返答しかできなかった。
それから五日が過ぎた。
蛍太郎とルシオールは中庭の迎賓館に相変わらず滞在している。蛍太郎は、ルシオールを決して一人にはしなかった。食事にも毒見を付けさせた。
編成された捜索隊は、その主旨を行方不明者の捜索から、大罪人の捜索へと変更し、さらに人員と規模を増大して行われていたが、全く成果は出ていなかった。
すでに国外へ出ている可能性が高いとみて、じきに捜索は打ち切られる事となる。
グラーダ国は砂漠の小国にしか過ぎず、北に大国カロンがグラーダの領地を狙っているし、南には国家を持たない少数部族の住む地帯が広がり、領土に関係なくグラーダ国への略奪をしていた。
更に人間族を憎む獣人国まで近くに存在しているのだ。
他国へまで、追跡の手は伸ばせない。
夕方になって、部屋のドアを叩く音がする。
蛍太郎がドアを開けると、すっかり痩せて、青白い顔色となったリザリエが立っていた。
「ケータロー様」
消え入りそうな声だった。
「消えてくれと言ったはずだ!」
蛍太郎がドアを閉めようとすると、部屋の奥からルシオールの声がした。
「リザリエ?」
ルシオールがドアの所に来て、隙間から顔をのぞかせた。
そして、リザリエの顔を見ると、蛍太郎が押さえていたドアをグイッと押して開いた。
蛍太郎はため息をついてリザリエを部屋の中に入れた。
リザリエに椅子をすすめて、その前に蛍太郎は座った。
ルシオールは蛍太郎の隣の椅子に座り、飲みかけのジュースに口をつける。
「あの・・・・・・話を聞いてください」
リザリエは憔悴しきった声を出した。
取り調べを受けていたはずが、釈放された以上、自分は無実だったと言いたいのだろう。
「私は、キエルア様からは何も聞かされておりませんでした。ただ、お二人が困らないように、しっかり世話をするようにと言いつけられておりました。最初はそれこそ、死を覚悟してお勤めにまいりました」
リザリエが、体も命も投げ出す事になるかもしれないと恐れていた事は聞いていた。
だからと言って、策略にリスクは付き物である以上、それが無実を証明する事にはならない。
「キエルア様は・・・・・・我が師ではありますが、人の痛みを知る方ではありませんでした。人を信じる方でもありません。すべて自分に都合が良いように利用する方でした。私だけではありません。世間的にはキエルア様の右腕と言われているアルオン様とて、道具にしか過ぎない事は我ら魔導師たちの間では周知の事実だったのです。その証拠に、今回のキエルア様の陰謀については、アルオン様も何もご存じありませんでした。キエルア様にとって扱いやすい高官たちばかりが関わっていた事なのです」
アルオンは、キエルアの右腕として、次席魔導師のことである。
蛍太郎はため息をついた。
「それでも君はあの男の弟子なのだろう?キエルアがどんな人物だったからって、君や、魔導師たちを信じる事は出来ない」
ルシオールは、話を理解しているのか、していないのか、無表情でジュースの入ったコップを持ってじっとしている。
ルシオールには今回の事を、何一つ話をしていなかった。
「私があの方の弟子となったのは、我が家が貧しかったからで、あの方に心酔していたわけではありません。ですから、私が習得した最初の魔法は、治療の魔法でした。あの方と正反対の魔導師になりたかったのです。私は、人々を治し、生活の助けとなるような、魔導師になりたいのです。実家へ帰って、治療院を作るというささやかな望みがあるだけです」
魔導師は儲かるという話は聞いている。
魔法を使えるものは少なく、各国で魔導師を確保する事に懸命であるという。
魔導師の数が、その国の武力と捉えられる見方もあるくらいだった。だから、魔導師にとっての花形は、国仕えの魔導師となることだった。
リザリエが望んでいる治療院を作るという事は、地味な望みだと言える。
例えるなら、海外留学して医療を勉強したエリートの望みが、大病院ではなく、田舎の小さな町医者だと言うぐらいの話だった。望みとしては地味ではあるが、それも立派な志と言えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます