第11話 自由 7
「私はルシオール様に誓いをたてました。あの誓いは、私個人の意思でルシオール様に立てたものです。ルシオール様の純真さ、無垢な姿に心を打たれたからです。それを信じていただくよりほかありません」
リザリエは必死に食い下がった。蛍太郎は再びため息をついた。
「君が無実だったからと言ってどうなるんだ?一度信用を失った者が、また元の様に世話係にでもなれると思っているのか?それに、いなくなったとたん手のひらを返して、師匠だけを悪人に貶めているようにも聞こえて不愉快だ!少なくとも恩義があったんじゃなかったのか?」
蛍太郎の言葉は辛辣だった。だが、指摘されるとリザリエも同じように感じたようで、赤くなり恥じ入る。それでも尚、リザリエは必死に食い下がった。
「おっしゃる通り、今の発言は愚かでした。お許しください。・・・・・・それでもお二人にお仕えしたいと望んでおります。今の私にとっては、お二人をお助けする事が一番の望みなのです。お二人と一緒に過ごした日々は、毎日が幸せでした。お願いです。どうかお許しください」
リザリエの表情は真剣そのもので、その眼からは涙が零れ落ちた。
「ケータロー。リザリエが泣いている」
ルシオールがハンカチを蛍太郎に手渡した。蛍太郎は受け取ったハンカチを手に一瞬迷った。
単に涙を拭くために渡せと言うだけではない、もっと他の意味が込められているように感じたからだ。ルシオールはジッと蛍太郎を見つめている。
「泣かせたら・・・・・・ダメだよな」
ルシオールは無表情で頷いた。蛍太郎は、リザリエにハンカチを渡した。
「悪かったよ、リザリエ。君を信じるよ」
リザリエの表情に光が差した。
喜びと安堵から、さらに涙が溢れた。
リザリエは、蛍太郎から受け取ったハンカチに顔をうずめた。嗚咽を漏らして泣いたが、今度はルシオールも「泣いている」とは言わず、残ったジュースを飲んでいた。
リザリエは涙が収まると、ルシオールと行きたい所があると頼んだ。蛍太郎も一緒について行く事で了承した。
外に出ると、リザリエは池の中に入り、池に咲いている蓮の花をいくつか取ってルシオールの元に戻った。そして、ルシオールと手をつないで歩いた先には、ポチの墓があった。
ルシオールにも蓮の花を手渡すと、二人で墓に花を供えた。そして、少し戸惑いながらも、蛍太郎が先日やったように両手を合わせて頭を垂れた。ルシオールも一緒に手を合わせた。
「ありがとうございました」
黙祷が終わった後で、リザリエは蛍太郎に礼を言った。蛍太郎も「ありがとう」と言った。
翌日、蛍太郎はルシオールに連れられて、城壁内をうろうろ散歩していた。リザリエもそれに従っていた。ルシオールにも蛍太郎にも特に目的はなかった。
至る所で壊れた建物の修復が行われていたので、それを眺めたり、途中で変わったものを見つけたら、そこで遊んだりしていた。
リザリエは、まだ少しやつれていたが、よく眠ったのだろう、顔色は大分回復していた。
高い城壁沿いに歩いていたら、壁の一部が崩れている所を見つけた。
その崩壊箇所は、まだ手つかず状態である。
もっと重要な箇所の復旧に追われていて、この昼日中、この辺りには誰もいなかったのだ。
城壁の向こうには町があり、崩れた所は路地裏に当たる建物の裏手のようだったが、その向こうでは人々が行きかう声や物音は聞こえて来ていた。
ルシオールは、しばらくその崩れて出来た穴を見つめていたが、やがてポツリとつぶやいた。
「ケータロー。私はもう閉じ込められるのはイヤだ」
そう言うと、瓦礫をよじ登り始めた。蛍太郎は、ハッとした。
ルシオールは生まれてからずっと、小さな小屋に鎖でつながれ、閉じ込められていたのだ。今も、この城壁の内側に閉じ込められている。
ルシオールが感動した青空は、どこまでも続いていて広大であるのに、ルシオールはまだ見ていない世界がある。
景色がある。物がある。食べ物も、飲み物も、まだまだ沢山の種類がある。人間も動物も植物も、虫も様々だ。
蛍太郎は、ルシオールにそんな沢山の出会いと感動を経験してもらいたかった。そして、ルシオールの沢山の表情や感情が表出するところが見たかった。たくさんの言葉を聞きたかった。
そうだ。ルシオールはもう、自由なんだ。
瓦礫をよじ登るルシオールを、蛍太郎は手伝いながら、自らもよじ登って行く。
「な、何を?」
戸惑うリザリエを振り返り、蛍太郎は告げた。
「君は来るな。もうルシオールは自由なんだ。俺たちはここを出る。ルシオールが行きたいところに行く。もうどこにもルシオールを閉じ込めさせたりはしない」
「そんな!」
小さく叫んだリザリエは、よろめきながら慌ててその場を走り去った。
リザリエの後ろ姿を見ながら、蛍太郎は胸が痛んだ。
結局リザリエは、この国に属している人間なんだという思いに、いまさらながら傷つく思いがあった。同時に、これでまた二人に戻ったという気楽さも感じていた。
リザリエの報告を受ければ、追手がかかるかもしれないが、誰にもルシオールを拘束する事など出来ないはずだった。それを信じて、逃げ隠れするのではなく、堂々と旅をしようと心に決めた。
確かに、蛍太郎たちが引き起こした災いによって、犠牲者が出た事は申し訳なく思っている。
しかし、蛍太郎にとっては、自らもまた被害者であるという意識があった。
ルシオールのせいであるとは認められない事だったのだ。
だから、崩壊現場を見て回るなどと言うのんきな発想にもなった。
これは単に蛍太郎が未熟であるからと言うだけでは無く、何らかの力が作用しているのだった。その事で、蛍太郎の精神状態は守られていた。
瓦礫を乗り越え、路地裏から大通りに抜ける。そこは沢山の人が行きかい、露天ひしめく世界だった。
「どっちへ行く?」
蛍太郎がルシオールに訊ねた。ルシオールは右手の通りを指差して「あっちだ」と答えた。
蛍太郎とルシオールは、手をつないで何一つ荷物を持たずに歩きはじめた。
その様子を城壁の内側から眺めている者があった。
「旅立ったか」
「いずれこうなるとわかっていた事です」
「そなたの言う事は、結局いつも正しいな」
「キエルアの事ですか?」
「それもそうだが、ルシオール様についてもだ。あの方は無垢であった」
「・・・・・・」
「ところで、我が友よ。一つ頼みがあるのだが、聞いてはくれまいか?」
「なんでしょうか」
「あの二人を見守ってやってほしい。・・・・・・野に放つには危険過ぎるしな」
冗談めかして付け加えて笑う。
「危険については私も同意見です。そして、見守る事についても、わが心の赴くところと同じです」
「そうか。では、くれぐれもよろしく頼む」
「フフフ。しかし、どうやら世話係りは、いらないようです」
リザリエは、慌てて走っていた。
子どもの時以来、これほど全力で走った事はなかった。
ルシオールと蛍太郎が、瓦礫を登りはじめたのを見た瞬間、リザリエは決心を固めていた。
だから走った。
大急ぎで迎賓館に駆け戻ったリザリエは、自分の蓄えてあった金貨の入った袋を旅行鞄に詰め込んで、身の回りの必要なものをまとめた。
重くなった鞄に、軽量化の魔法をかけると、両手で持ち上げて、急いで駆け戻った。
誰にも、何も告げる事なく、リザリエもまた、瓦礫をよじ登った。
息を弾ませて大通りに出ると、かなり未熟な探索魔法を使った。大通りの右手に目標を確認すると、汗をぬぐって再び走り出した。
「私は、絶対お二人から離れませんからね!」
その表情は、再び蛍太郎たちの姉の様な表情になっていた。
「ルシオール。世界にはね。砂漠だけでなく、木や花がたくさんある所や、寒くって雪が降る所もあるんだ。そうだ!ルシオールには海を見せてあげたいな」
「雪って何だ?海って何だ?」
「美味しいものも・・・・・・。あ、俺たち考えてみたら、金がないや」
「美味しいもの?食べたい」
「ま、なんとかなるか」
「食べたい」
いつか二人に別れの時が来るだろう。
ただの人である蛍太郎と、「深淵の魔王」であるルシオール。
蛍太郎は、別れの不可避を予感していたが、それがどのように訪れるのか、この時は考えないようにした。
ただ、この少女を守り、幸せな時間を、経験をたくさん与えてあげられれば、それが蛍太郎の幸せでもあるだろう事は確信していた。
ささやかな望みだ。その望みをかなえるための旅が始まったのだと、そう感じていた。
熱砂の風が、南から北へと吹き抜けていった。
深淵のルシオール第一巻
- 完 -
第二巻に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます