第8話 魔王 9
「ルシオール。起きてくれ」
ルシオールの小さく細い肩をそっとゆする。
ルシオールはゆっくりと目を開けた。
「魔王」などと言う話が飛び出した場にいるためだろうか、開いた瞬間のルシオールの瞳は青い炎を灯しているかのように輝いて見え、その場の者全員が息をのんだ。ジーンとて例外ではなかった。
しかし、ルシオールの言葉に、みな思わずため息をついた。
「お菓子のおかわりか?」
力が抜けるように、蛍太郎はグラーダ王を仰ぎ見た。
グラーダ王も同じように力なく頷いた。何か合図をしたようには見えなかったが、扉があいて、女官が入室してきた。グラーダ王は女官に用事を申し伝えると、ルシオールに向き直った。
「ルシオール様、しばしお待ちください。間もなくおかわりをお持ちします」
無表情なままだが、ルシオールの瞳だけが輝きを増した。
菓子と茶はすぐに運ばれて来た。
ルシオールは蛍太郎を仰ぎ見て確認を取る。蛍太郎が頷くので、手を合わせて「いただきます」をしてからチビチビと食べ始めた。とても、「魔王」に見えなければ「悪」であるようにも感じられない有様だった。
「その・・・・・・よろしければ教えていただきたい事があるのですが」
誰も質問を発しないので、しかたなくグラーダ王が口火を切った。ルシオールはちらりとグラーダ王を見ただけで、モクモク食べるのは止めなかった。
「あなたは、地獄の奥底にいたそうですが、なぜそんな所にいたのでしょうか?そこで何をしておられましたか?」
ルシオールは小さく首を傾げて、なにか考えているようだった。数瞬の後、ルシオールが答えた。
「私は、最初からあそこにいたのだ。そこしか知らぬ。・・・・・・が、私はずっと寝ていた。時々夢を見た」
「夢?」
「うむ。たくさんの夢を見た。いろんな世界で暮らす夢を見た。ケータローとも、その夢の中で会ったと思う。ただ・・・・・・今はどんな夢を見ていたのか思い出せない。忘れてしまった」
「夢・・・・・・」
蛍太郎も無意識に呟いた。その夢に呼ばれて、自分は地獄まで行ってしまったのではと思う。
「目が覚めたら、ケータローがいて・・・・・・空があって、ご飯を食べた」
ルシオールの記憶はかなり曖昧だった。常に半分以上寝ているため、起きている時間も寝ぼけているのではないだろうか。おそらくそれは的を射ているのだろう。
ルシオールは首を傾げながら、尚も一生懸命思い出そうとしていた。
「名前はルシオールで、ご飯を食べて・・・・・・」
「そ、それで、御身はどういった方でしょうか?」
「ルシオールだ。ケータローが付けてくれた名だ」
そう答えたルシオールは、質問からすると見当違いの答えだったにもかかわらず、どこか誇らしげな表情が僅かに感じられた。
「わ、わかりました。では、これからいかがなさるおつもりですか?」
「知らぬ」
ルシオールは蛍太郎を見て首を傾げた。蛍太郎はルシオールのほとんど変わらない表情を、少しずつ見て取れるようになってきたと思う。
グラーダ王達には無表情にしか見えないであろうが、微妙な表情の変化から、きっと今は困っているのだと思いやれている。
「ケータロー」
蛍太郎はルシオールの頭をなでてやった。
「これでお分かりの様に、ルシオールに邪心はありません。本人ですら、何者か分かっていないんです。たとえ何らかの力があったとしても、その使い方を間違えなければ大丈夫じゃないでしょうか?」
「ルシオールだ」
ルシオールは「何者か分かっていない」との蛍太郎の発言に対して、抗議の声を上げる。それに対して、頭をなでながら頷く事で答える。
「出来れば、しばらくここで暮らしたいかと思います。その間に、今後の事なども考えていきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
蛍太郎の最後の言葉には強い調子が込められていた。彼らのルシオールを恐れる気持ちを測れば、断る事はできないはずだった。たとえ本心はどうであれ・・・・・・。
そして、その通り、グラーダ王は「うむ」と頷いた。
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