第4話 邂逅 5
少女に会ってからこれまで、頭に靄がかかっていたようだったが、ようやく様々な疑問が蛍太郎の頭を渦巻く。
「君は、いったい何者なんだ?」
そう声をあげると、一気に疑問が爆発して口から飛び出した。
「なぜ俺を呼んだんだ?ここはどこだ?これからどこに行く気なんだ?いったいどうやって?君はここで何をしてたんだ?閉じ込められたのか?誰に?なぜ?あのトンネルはなんだったんだ?君がやった事なのか?君は・・・・・・。君は・・・・・・」
少女はぼんやりと、感情のこもらない眼で蛍太郎を見つめていた。
「・・・・・・君は、何者だ?」
蛍太郎は頭がズキズキと痛んでくる気がした。疑問はまだまだあるが、少女が何か答えてくれるとは思えなくなっていた。
この子は何一つ知らないのではないだろうか、と思えて来る。
「わたしは・・・・・・知らない」
思った通りの答えだった。更に続けて少女が蛍太郎に尋ねる。
「お前は、なんだ?」
少女の質問に蛍太郎は面くらった。
「呼んだのは君だろ?確かに君の声で『来てくれ』と言っていたじゃないか」
少女はしばらく考えてから、ようやく頷いた。
「・・・・・・呼んだ」
あくびを一つ。
目を何度か
「ずっと、ずっと長い間、呼び続けていた」
「いつから?」
「わからない。ずっと長い間、呼び続けていた」
少女は繰り返した。
「眠りながら待っていた」
少女は十歳になるか、ならないかのように見えたが、その言葉の中に、遥かな、悠久の時の果てから待ち続けていたような響きがあった。宝石のような瞳の奥底に、激しい孤独感が窺えた。
蛍太郎の胸がずきりと痛んだ。随分と待たせてしまったような気がした。
「名前は?」
少女はまた小首を傾げた。
こくりこくりと左右に振って考えていた。首を傾げながら、何を考えているのかは、その表情からは計り知れない。
名前を尋ねただけなのに、それに答えるまで、だいぶ間があいてしまった。
「・・・・・・名前?」
「名前」の意味を考えていたのだろうか・・・・・・。
蛍太郎は、説明の為にも、まずは自分が名乗る事にする。
「・・・・・・俺は山里蛍太郎だ」
「ヤマザトエータロー?」
少女が小首を傾げて言う。
「蛍太郎」
「ケータロー・・・・・・?」
少女は蛍太郎の名をつぶやき、何かをじっと考えているようだった。
「そう。ケータローだ」
「ケータロー」
今度は、考える事を放棄したように、さっぱりした口調で蛍太郎の名を反復した。そして一つ頷くと、蛍太郎の手を引いて歩きだした。
「ではゆくぞ、ケータロー」
「ど、どこへ?」
「地上だ」
すると、少女の足が浮く。手を引かれるままについて歩くと、蛍太郎の足も地面から浮いていた。しかし、その足元にはしっかりと土の地面の感触があった。これは、さっき地獄の各階層を降りてきた時に歩いたトンネルと同じだった。
しかし、進む方向は違っていた。
さっきのトンネルは、小屋正面から見ると、左前方の空から降りてきて、右後方の角辺りに降り立ったのだが、今度は、小屋の前から、真正面に向かって伸びる見えない坂道を登って行く事になった。
少女は、迷う事なく、その見えない坂道を歩きだした。坂は下って来た時より、なだらかな上り坂だった。小屋をあとにして、木々の生えていない草原の上空を歩いて行く。
岩壁が迫ってきており、このまま歩くと、崖の上に出る事なく激突してしまいそうだった。
岩壁がすぐ目の前まで迫って来た時、少女は不意に立ち止まった。そして、振り返ると、蛍太郎を通り越して、自分がそれまでいた小屋の方を見つめていた。
その表情は、何の変化も見せなかったが、どこか憎しみのようなものが感じられた。
「私は、閉じ込められるのは嫌だ」
「え・・・・・・?」
「ここは嫌いだ」
少女の言葉に、蛍太郎はこれまで見てきた、恐ろしい地獄の景色を思い浮かべて言う。
「でも、他の所よりは、とてものどかな雰囲気だよ」
少女は蛍太郎の言葉など聞いていなかった。
ブルートパーズの瞳が、一瞬ルビーのような輝きを放ったように見えた。それは激しい赤色発光を反射したためだった。振り返って小屋の方を見ると、何の音も立てずに、小屋が真っ赤に光り、その周辺すべて、この階層すべてを燃やしつくしていた。蛍太郎と少女も炎に包まれていた。
蛍太郎は一瞬パニックになり、炎の熱さを感じたように錯覚したが、さっきと同じく、このトンネル状の空間も、外部とは別次元のようで、見えたり聞こえたりはするものの、炎熱の影響は全く受けていなかった。
「私は、もう自由だ」
少女は、やはり無表情ながら、どこか嬉しそうにつぶやいた。
そして、蛍太郎の手を引くと、岩壁に向かって歩き出した。炎に包まれた世界に背を向けて、少女は岩壁の中に吸い込まれていった。
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