第4話 魔王誘拐 3

 蛍太郎から紋章を受け取ると、リザリエはほぼ状況を把握した。

「これはグレンネック国のアズロイル公爵家の紋章の一つ・・・・・・。ルシオール様はアズロイル公爵領に連れ去られましたね。まだそれほど 離れてはいないはずです。すぐに出発しましょう!」

 リザリエに腕をつかまれ、ようやく体の呪縛が解けた蛍太郎は、ハッと顔を上げると勢いよく頷いた。

「そ、そうだ!追いかけないと!」

 思いと、体と心がどうにも統制が取れない自分に気づき、蛍太郎は顔をゆがめる。

「俺は、どうしたんだ?」

 リザリエもその様子に気づき、蛍太郎の顔をのぞき込む。

「ケータロー様?」

 蛍太郎の顔は蒼白で、ガタガタと震えている。

「まさか、どこかお怪我でも?」

 素早く全身に視線を送る。外から見た感じは怪我をしている様子はない。

 精神的なショック状態にあったとしても、様子がおかしい。

 もしかしたら、何らかの魔法攻撃によるものか、薬物が疑われた。

 誘拐の首謀者が、アズロイル公爵家ともなると、魔法使いも配下にいるだろう。

 

 リザリエが得意とする魔法は治療の魔法なので、精神系の魔法や毒などに体が冒されていないかを調べる事は出来る。

 しかし、蛍太郎に魔法を使う事は、ルシオールとの繋がりからどんな反応があるか分からなかったので、今まで一度も試した事は無かった。

 簡単な火の魔法を見せた事はあったが、直接蛍太郎に魔法を掛けた訳では無いので、どんな反応が起こるのかわからなかった。

 とは言え、今は一刻を争う為、この際危険を覚悟するよりなさそうだった。

「ケ、ケータロー様。これから私が魔法でケータロー様の体を調べます。毒や、魔法による攻撃を受けていたとしたら、早く何とかしなくてはいけませんから」

「あ・・・・・・ああ」

 蛍太郎は頷くと、妙に得心がいった。

 そうか。魔法か何かの攻撃を受けたせいで、こんなに混乱してしまったのだ。

 

 リザリエに誘われるまま、蛍太郎は宿の部屋に向かう。

 部屋に入ると、無気力状態となった蛍太郎は、されるがままに上着を脱がされベッドの上に横に寝かせられる。

 頭はぼんやりとしか働かず、現状を焦ったりする事すら出来ずに靄がかかった状態だった。

 混乱しすぎて疲れた脳が、意識を抑制して休息状態に入っているようだった。

「いいですか?これからケータロー様に魔法を使いますよ。体の状態を調べるだけの魔法で、決して危険はありませんから、ご安心ください」

 リザリエは丁寧に説明をする。


『ヨグ・レンデル・ホクーサ・ヴァント。

 深き叡智のと慈愛の女神、水を司る女神ウテナよ。その叡智を写す水鏡を顕し、この者を冒す常成らざる力を知らしめたまえ。

 オーデュロイ・ビィス・リル・ウタィナ。

 女神ウテナの名において、我、リザリエ・シュルステンが命ずる。

 顕現せよ。照らせよ。』

 

 リザリエが、囁くような小声で魔法詠唱をする。

 

『ルミア』


 魔法が完成して、リザリエの手がボンヤリ青く光る。

 その手を蛍太郎の上にかざす。

 かざされた部分が心地よく暖められただけで、痛みもない。初めて自分に掛けられる魔法に、蛍太郎の気持ちが急に活性を始めたようで、頭もそれにつられるように活動を開始した。

「・・・・・・すごい。魔法をかけられてる。光っているのに熱くも痛くもない。なんだか気持ちがいい感じがする・・・・・・」

 蛍太郎は体を起こそうとして、リザリエに止められた。

 取り敢えず、ルシオールの加護が過剰な反応を示したりはしなかったようで、リザリエもホッとする。

「今調べてますから、もう少し横になっていてください」

「ああ・・・・・・。わかったよ」

 おとなしく横になったが、一度動き出した頭は止められなかった。

「ルシオールが掠われたんだ!町の入り口に赤い馬車があったのを覚えているか?!たぶんあの馬車に連れ去られたに違いない。その馬車を追いかけて行ったら、さっきの紋章が落ちていたんだ!!」

 蛍太郎は興奮して顔を怒りに歪める。

「誰が、何のためにルシオールを掠ったんだ?ルシオールは無事だろうか?」

 蛍太郎の問いにも、リザリエはすぐに回答を得る。

 背後にアズロイル公爵家があったとしても、糸を引いているのは、間違いなくリザリエの元師匠、キエルアだろう。

 

 リザリエは時々魔法の種類を変えながら手を動かし、蛍太郎の体を慎重に調べていった。手の光が時々微妙に変化するので、蛍太郎はそっちにも関心が行ってしまう。

「ねえ。その魔法って、どうやってるの?」

 さっきまではルシオールの身を案じていたのに、怒りはすっかり納まり、それよりも魔法への好奇心がその目に満ちていた。

 蛍太郎の情緒が明らかにおかしい。

 その様子に、リザリエも探査に力を入れる。魔法による攻撃だとしたら、精神に影響を与える、あまり魔導師たちが使いたがらないタイプの魔法に違いない。精神魔法を使った暗殺者あたりでもいたのだろうか?そう思いながらも、蛍太郎を安心させる為にリザリエは穏やかに質問に答える。

「私たちの魔法は、神や魔神との契約で、力を貸し与えられているんです。契約に則った呪文を用いて魔法の力を引き出しますが、それには魔力マナを消費します」

「マナ?」

「はい。魔法を使える者たちは、このマナを操る事が出来るようになら無ければなりません」

 簡単に魔法の説明をする。しかし、蛍太郎に掛けられた魔法の痕跡は見つからない。

「俺にも魔法、使えるかな?」

 蛍太郎はのんきに笑う。

「・・・・・・どうでしょう。何十年も修行しても、魔法を全く使えない人もいるのですから、何とも言えません」

 と言う事は、十七歳で魔法を使えるリザリエは、やはり優秀なのだろう。

「あ~~~。じゃあ、大変そうだからいいや」

 蛍太郎は簡単に興味を失ってしまう。

『魔法の影響では無いなら、やはり精神的なショックかしら・・・・・・』

 リザリエは魔法を終了して蛍太郎に告げる。

「ケータロー様。毒も魔法も受けていませんでしたのでご安心ください」

 リザリエは微笑んだが、明らかに様子がおかしい蛍太郎に、不安を感じてしまう。

 その蛍太郎は、頭痛を感じながらも「異常が無いなら出発しよう」と、少ない荷物をとりまとめ始めた。

「ルシオールを連れ戻すんだ」

 そう言った時の表情は、もういつもの蛍太郎に戻っていた。

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