第4話 魔王誘拐 4

 荒涼とした平原の道を疾走していく、豪華な装飾が施された赤い馬車の屋根には、人知れず乗り込んだ男がいた。

 屋根に座って、目をつぶっている。

 道と言っても、アスファルトで舗装されているはずもなく、地面はむき出しの大地であり、大小の起伏や、盛り上がった木の根などがある。それにより馬車は時々激しく揺れるが、不安定な屋根の上でも男は小揺るぎもせず、物音一つたてない。

 馬にむち打つ御者にも、なぜか全く気付かれていない。


 四頭立ての馬車は、当然ながらずっと走り続けているわけではない。休憩も取れば宿場に着くと宿に入る。

 それでも馬車に乗っている者にも、御者にも、男の存在が気付かれることはない。

 それどころか、宿場や街道を行き交う人々からも気付かれた様子はない。

 姿が見られていないはずはないのだが、誰にも男の存在を認識する事が出来なかったのだ。

 その証拠に、男の姿はとても人目を惹く物だった。白っぽい金髪に、同性であっても思わず息をのんでしまう美貌。その美貌も女性的な物では決して無く、たくましくもスラリと整った絵画のような美しさだ。

 白銀の鎧の上に羽織っている黒いマントには、銀糸で大きく十字のラインが入っていた。白銀の盾十字を背に掲げた騎士。

 国境を越え、人々に知られる「生ける伝説」英雄ジーン・ペンダートン。

 魔法を使うでもなく、彼は人々に気付かれずに、ここ数日馬車に便乗している。

 気配を究極なまでに絶つ事で、常人の記憶に残らない技「無我」をジーンは身に着けていた。

 ジーンにとってはその途方もない技術でさえ「ただそれだけの事」で済んでしまう。



 ジーンは、蛍太郎たちがグラーダを去った時から、つかず離れず、蛍太郎たちを見守っていた。

 一行を守る目的があったが、ジーンにはもう一つ思惑があった。

 蛍太郎たちの身に何かあるとしたら、当然ルシオールを目的としての事だろう。

 神にしても、魔神にしてもおそらくルシオールと関わり合いになりたくはないはずだ。精霊界のハイエルフたちは、その動向が全くつかめない。


 地獄の魔物たちの考えは人間には理解不能だが、ルシオールは元々地獄の住人である。ルシオールが巨大な魔物を使役したかのような場面をジーンも目撃しているので、魔物たちがルシオールを害する事は出来ないのではないかと推測している。もっとも、魔物の行動はルシオールを何とか害そうとしているようではあった。


 もう一つの最大の勢力としては、ジーンが憧れて止まない「創世竜」がある。

 世界に十一柱存在する、絶対的な暴君にして、全てを知る「知恵ある竜」。

 創世竜は、地獄の勢力を嫌う。自らの領域に地獄勢力が侵入したら、たちまちの内に滅ぼしてしまうそうだ。

 だが、彼らはルシオールの存在に気付いているが、接触を図る様子がない。ルシオールはそれほど危険で、遠ざけておきたい存在なのだろう。


 そのルシオールに自ら近づきたがる存在があるとすれば、それは人間、地上人しか考えられない。

 ルシオールを自らコントロールして、その限りなく強大な力を武力として、己の野心のために使おうというのだ。

 身に余る力を「自分だけが手に入れられる」と考えるのは愚かとしか言いようがないが、力なき身故の悲しさか、人はそうした物に、つい手を伸ばしてしまうのだ。

 それはジーンとて同じ事で、彼も、自らの手に余る夢を抱いている。


 いずれにせよ、ルシオールを狙うのが人間である以上、仇敵と化したあの男が絡んでくる可能性が極めて高い。ジーンはそれをこそ待っていた。元グラーダ国主席魔道顧問官キエルア・デュアソール。


 キエルアの裏切りは、戦乱のこの世には珍しい事ではないが、ジーンにとっては決して看過する事が出来ない物で、ジーンは自らにキエルアを討つ事を誓っていた。

 キエルアは友の妻に毒物を与えていた様なのだ。

 グラーダ王は友であり、王妃もまた、ジーンの友だった。年齢的にはジーンより上なのだが、病弱で儚い雰囲気から、ジーンは妹のように思っていた。

 グラーダ王妃は、現在健康を取り戻しているが、それは一時的にルシオールの力によって与えられたものらしい。

 毒によって蝕まれた体は、遠からぬうちにグラーダ王妃の命を奪ってしまうのだ。

 それだけに、キエルアの行為は個人的感情によって、許すことが出来なかったのだ。

 数々の国を救ったり、時には滅ぼしたりしてきたジーン故に、国家の行く末以上に、そうした感情が優先されるのであった。


 ルシオールが掠われたとき、ジーンは素早く馬車に飛びつき、蛍太郎に手がかりとして、馬車からはぎ取ったアズロイル公爵家の紋章を落としていった。

 蛍太郎にはリザリエが付いている為、その手がかりだけで充分追跡可能だと判断したのである。

 

 

 ジーンであれば、すぐその場でルシオールを救う事など容易かったが、それでは、アズロイル公爵家にキエルアが身を寄せていると知る事までは知れたが、近付く事が出来ない。

 公爵領は広大だし、領土外にも、沢山の私邸を構えているのだから、そのどこにいるのかを捜索するのは大変だった。それだけに、ルシオールの側にいれば、いつか必ずキエルアが動きを見せるだろうと思っていた訳だ。

 ルシオールを餌にして利用しているという側面には気づけない愚直さが、ジーンの欠点であると言わざるを得ない。

 

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