第1話 平穏 3

「今さ、山里に連絡取ろうと思ってたとこだったんだよ。ちょうどよかったじゃん」

 そして、多田はそれからも時々わざと語尾に「じゃん」をつけて蛍太郎と話すようにしていた。彼なりのユーモアの表れだった。

「どうかしたのか?」

 蛍太郎が問う。それには藤原が答える。

「明日海に遊びに行こうぜ、みんなで」

「大島行こうぜ」

 大島とは、漁港から一キロ程沖にある小さな島のことだ。普段は無人島なのだが、夏の間は、海水浴客のために漁港から定期便が出ていた。

 蛍太郎は少し悩んだ。

 遊びに行くのは、まだ気が進まなかった。我ながら引きずっているなと自覚しつつ、自分だけ楽しむのは、ほたるに悪い気がしてしまうのだった。そのため、これまでは何かと理由をつけて、遊びの誘いは断ってきていた。


 だが、前回の誘いを断った時の、多田の一言が気になった。

「東京モンは俺らみたいな田舎モンとはつるめないらしいじゃん」

 これは勿論冗談だったのだが、確かにそう思われたとしても、不思議ではない。現にそう思われつつあるのだろう。

 蛍太郎は別に彼らを見下してなどいない。

 自分が孤立するのはいいが、そう思われるという事は、無自覚のうちに彼らを傷つけている事になってしまい、それはあまりにも申し訳ない。

 だから、今回は誘いに乗る事にした。


「いいよ。でも、俺泳がないよ。日焼けすると赤くなるからさ」

 蛍太郎は、泳がない事で、遊びに行くのではないと、自分の心を 誤魔化す事にした。

「え?!えええ?!マ、マジでか!!??」

「良い、良い!!お前が来てくれるだけで俺らは嬉しい!」

 多田も藤原も踊りだしそうだった。蛍太郎も、こんなに喜んでくれるとは思ってもみなかったので、悪い気はしなかった。

「大袈裟だっつーの」

 と、頭を掻く。

「お前が来るとなると、女子もたくさん呼べるぞ!」

「おし、これから忙しいぞ!」

 思わずガックリくる。

「なんだよ!俺はエサかよ!」

「おいおい。その餌だけで女の子がたくさん来てくれるかも知れ ないんだぞ。それって光栄な事じゃん」

「そうだそうだ。俺達なんか、せめてそのおこぼれに与らせていただければってところなんだぞ。実に謙虚なもんだよな」

 と、言いくるめられてしまった。しかし、腑に落ちない事もあった。

「でも、何で俺だと女の子が来るんだよ」

 自分では特にかっこいいとか、女の子にもてるような自覚はなかった。これまで恋人などいた事がなかった。

 これには暗鬱とした青春時代を送ってきた事に一因がある事は否めないだろうが・・・・・・。

「お前のクールさが女子には受けてるんだよ。お前、結構モテモテなんだぞ。…知らなかった?」

 知らなかった。沈み込んで、打ち解けられないでいただけなのに、そう見られていたとは。

 意外だったが悪い気はしなかった。蛍太郎は照れ隠しに切り返してみた。

「しかし、お前らもヒマ人なんだな。俺達は高三なんだぞ」

「それがどうした!夏休みもあと少しなんだから遊ばなきゃ損だろ!」

「そうそう。それに、俺らは大抵進路決まってるもんな」

 藤原の言うように、蛍太郎のクラスメイトは、大抵進路は決まっていた。親の仕事を継いだり、地元の会社や店に就職が内定していたり。

 専門学校に行く者もいるが、大学を目指すのはほんの数人だった。他のクラスには、必死に勉強して東京の大学を受ける者もいるらしい。

 蛍太郎自身は、特に希望など無かったが、美容師の学校にでもいければと考えていた。

「わかった、わかった。何時に行くんだ?」

 蛍太郎がおざなりに対応して尋ねる。

「追って連絡します!」

「ってか、山里も携帯くらい持てよな。東京人のくせにさ」

 携帯電話自体は持っているのだが、大抵家に置きっぱなしにしていて、携帯していないだけだった。「携帯」電話の名前を裏切る行為とも言えた。

 そもそもその携帯電話は、東京にいた頃、家に帰らなくなった時に、親が心配して連絡取れるようにと渡されたのだが、蛍太郎にとっては、家と連絡を取る事自体が苦痛だったので、たとえ持っていても電源を切っていたりと、全く使う気がなかった。

 現在でも、持ち歩く習慣は付いていなかった。そんなわけで、携帯電話を持っている事は、周りの連中には伝えていなかったのだ。


 その日は、二人とはそこで別れて家に帰った。

 部屋で多田からの連絡を待つ間、なんとなくウキウキしている自分に気づいて、少し後ろ暗い気分になった。






 翌日も晴天だった。朝から蒸し暑く、東の空には真っ白な入道雲が立ち昇っていた。

 約束の時間に桟橋に行くと、たくさんの乗船客とともに、見た顔の集団が待っていた。

 予想以上にたくさんの人数だったので、蛍太郎は驚き呻いてしまった。

 数えると、男子八名、女子十一名。蛍太郎を含めると計二十名になった。クラスの約半数が集まった事になる。が、見てみると、違うクラスの者や、女子の中にはどうやら他校の人までいるらしかった。


 多田が駆け寄ってきて、蛍太郎に耳打ちした。

「さすが山里さまさま、大明神!お前の名前を出したら、芋づる式に女子どもが釣れあがりましたよ!!」

「大袈裟だってーの。からかうなよ」

「いやー、これほんとだぜ。・・・ただ誤算なのは、その女子に釣られて、男どもも増えちまったって事。全く浅ましいやつらじゃん!

「お前も含めてな」

「俺は企画者だから除外対象だね!」

 多田はおちゃらけるように言う。

「はいはい」

 さらに多田は声をひそめて囁きかけてきた。

「お前は誰か気になる女子いる?おれは一応、本庄あたりに目をつけているんだが・・・」

 本庄?と目を向けてみた。

 本庄久恵。ショートカットで明るく、男子にもよく声をかけてきては、他愛のない事を話している、気さくなタイプだった。特に蛍太郎とは親しいわけでもなく、会話したのも数回ぐらいだったような気がする。

「そっか。がんばれよ。で、俺は・・・」

 と、視線を巡らせるふりをして笑ってごまかした。蛍太郎とて、年頃であり、女子に関心はたっぷりだったが、まだまだ恋愛しようという気分にはなっていなかった。

 正直に言うと、かわいいと思う女の子は数人いたが、そんな自分を認めたくもなかったようだ。


「どこか意固地になってるのかな」

 蛍太郎は呟いた。

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