第1話 平穏 4
船は桟橋を離れて、五十人ほどの海水浴客を乗せて、波飛沫を上げながら海上を走っていた。
蛍太郎は、船酔いしないように、デッキの前の方に行って、遠くを眺めていた。船酔いするも何も、十分ほどで陸地に降りられるのだが、客が全員乗り込むまでの待機時間に船の揺れで気持ち悪くなりそうだったのだ。
「どうかしたの?」
いつの間にか隣にきて語りかけてきた人がいた。
「根岸さん」
根岸小夜子。クラス委員長をしていた。まじめで無口な印象があった。正直こうした集まりに参加するタイプでは無いのかと思っていた。
期末テスト前までは、勉強の範囲が前の学校と違う為、ほぼ毎日、放課後になると、範囲のチェックを手伝ってくれた。だから、蛍太郎は彼女には大きな借りがあった。
しかし、学校で見た小夜子とは、少し、いや大分雰囲気が違っていた。学校では、髪は2本の三つ編みでメガネをしていて、地味なイメージがあった。
しかし、今は、うっすらと化粧もしていて、髪も少し明るい色に染めていた。髪の毛はおろして、毛先にはふんわりと流れるようにカールが掛っていて、首の所から前に垂れ懸かっていた。
メガネもしておらず、整った顔に大きな目で、元々綺麗だとは思っていたが、すごく美人なのが分かる。
目には薄っすらとシャドウも入っていて、どこか大人びて見える。
学校では見た事がないような笑顔と、軽い口調で話し掛けてくる。
「でも意外だったな。山里君ってこんな風にみんなと騒ぐタイプじゃないって思ってた」
蛍太郎を横目で見てクスリと笑う。
相手も自分に同じような感想を持っていたらしい。でも、それは無理もない事だと思った。
「そうでもないよ。楽しい事は好きだよ」
「私はちょっと苦手だったりするかな。でも、今回は特別に来ようかなって思ったんだ~」
そう言って、何やら意味あり気な頬笑みを蛍太郎に向けてきた。
多田が言うように、本当に蛍太郎の名前で女の子が集まったのなら悪い気はしないが、それを素直に受け止めるより、「東京から来た」というプレミア感が効いているのだろうと、冷めた考えも浮かんでくる。
蛍太郎は、それ以上その会話に入り込むのを避けた。
が、そうしなくても、狭い船内。すぐに他の連中も二人に気づいてどしどしやってきては、次々声をかけてきた。
小夜子は少し不満そうな表情を蛍太郎に送って来ていた。
たくさんの海鳥たちが船と併走して飛んでいた。
蛍太郎たちが、持参していたスナックを空に向かって投げると、海鳥たちが上手に飛びながらキャッチしていった。そんな遊びをしていると、船酔いも治まり、楽しい気分になって来た。
そうするうちに、船は大島の桟橋についた。
大島は周囲三キロほどの無人島で、上空から見ると、南北に伸びた楕円形の島だ。
夏の時期には二軒ある海の家もオープンし、連絡船で行き来できる遊び場だった。
小さい島だが、真ん中には高めの山があった。
地元の人から「
砂浜は島の南側で、南西の突端から南東側までの百五十メートルほどだった。
島の北側は磯遊びもでき、釣り好きたちは、北側と、西の岩場で太公望よろしく釣り糸を垂らしていた。
東側は断崖絶壁で、御山の上からだと障害物もなく、太平洋が水平線を大きく伸ばしている様が一望出来た。
蛍太郎たちは、本拠地を決めると、大きなシートを敷き、さっそく着替え始めた。
男子たちはみな、シャツを脱ぐだけで、下はすでに水着だった。女子たちは、その場で着替えたりせず海の家に向かった。
女子たちが去ると、男子たちはすぐに円陣を組んだ。
それは、女人禁制の神聖な秘密会議である。
テンションはいやが上にもはち切れそうに上がっていた。
「山里!最初に言っておくけど、独り占めは無しだからな」
「田中は俺な」
「いきなり本命かよ」
「そうだそうだ!勝手に決めんな!おれも田中さん狙いだ」
「須崎は俺狙ってる」
「本庄っていいよな~」
「趣味悪くね?俺は川島か佐藤だな」
「あ、俺も川島さんが・・・」
「なに?おまえらマゾか?」
「バカ!あのツンデレっぷりがいいんだよ!」
「川島にツンはあってもデレはねーだろ」
「あの北高の子たち可愛くね?水色の服の子」
「水野夏帆さん?俺もう一人の子も可愛いと思うけどな。笹川結衣さん」
などと、大騒ぎになった。多田や藤原も大興奮していた。蛍太郎は話には加わらなかったが、ニヤニヤしながら、その様子を眺めていた。
それぞれの狙っている相手を発表して、蛍太郎をそれなりに牽制し終わったころ、女子たちが戻ってきた。女子たちも、なにか秘密の取り決めをしてきたのだろうか・・・。
女子の水着姿に、男子たちは歓声をあげて迎えた。学校の水着を着ている者はおらず、中には大胆なビキニを着ている者もいた。
秘密会議の中で、一番人気だった田中千鶴は、赤いストライプのスカート付きのビキニだった。スカートにはレースも付いていて、千鶴にはよく似合っていた。蛍太郎も、千鶴の事は可愛いと思っていた。
何度か千鶴とは話しているし、この前は喫茶店の帰りにも偶然出会ったりしていた。
千鶴は普段から大人しく、控え目な性格だったが、今もモジモジ照れくさそうに俯いたり、はにかんだりしていた。手にした浮き輪でスレンダーな体を隠そうとしていた。
彼女は、いわゆる学校のアイドル的な存在だった。
しかし、控え目な性格と、手ごわい番人の存在から、浮いた話が一度もなかったという。
その番人は川島美奈だった。
「おまたせ、山里君。・・・・・・と、その愉快な仲間たち」
第一声を放ったのが、その川島美奈だった。盛り上がる男子たちに最初の牽制を与えた。
「その仲間たち」呼ばわりされた男子たちからの沸き起こるブーイングにも全くひるまずに、美奈は腰に手をやってポーズを取りながら、めんどくさそうに手を振った。
「うるさいうるさい!あんたらちょっと考えればわかるでしょ?誰が主賓で、誰がオマケか。私たちの水着姿が見られるんだから、オマケだろうがなんだろうが、文句言わない!」
女子たちは一斉に笑った。
美奈は、千鶴と常に行動を共にしていて、千鶴に悪い虫がつかないように目を光らせていた。
美奈自身は、紺のワンピースの水着だったが、スポーツで鍛えられた見事な肉体は、健康的な美しさがあった。不遜な笑みを見せつつ、千鶴の横にピッタリと張り付いていた。
男子たちは不満そうに呻いたが、彼ら自身も最初から承知している事なので、そうしたやり取りも楽しんでいた。
逆に、正面切って言われた蛍太郎としては、どんなリアクションをとればいいのか決めかねて、途方に暮れてしまっていた。
「ごめんね、こんなで」
小夜子がこっそりと耳打ちした。ちょっと意外だった。
委員長だけに、転校してきた最初の頃に学校案内などをしてくれただけで、後はほとんど接点がなかったが、こうして積極的に話し掛けて来る姿は新鮮だった。
もっとも、蛍太郎がクラスメイトの事をほとんど知らないだけ、というのもあるのだろう。
小夜子は白いワンピースで、女性らしい体つきが強調されていた。
ドギマギしながら、こうしてみると、結構可愛いと蛍太郎は思った。
そんなつもりはないと言いつつ、周りの雰囲気にのまれて、蛍太郎もついつい女の子たちを意識してしまっていた。
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