第8話 魔王 1

 兵士に取り囲まれた蛍太郎は、パニックに陥りそうになったが、気にかかったのは、ルシオールの身の安全と、また、さっきみたいな大崩壊が起きはしないかという事だった。

 だから、ルシオールをしっかりと抱きしめるようにかばいながら、ルシオールに囁く。

「大丈夫。大丈夫だから、もう何もするなよ」

 ルシオールは、槍と弓に囲まれていることなど、全く気付かぬかの様に欠伸をした。

「何もしない。眠い」

 だが、槍の包囲はジリジリと輪を縮めてきている。

 もう槍先が蛍太郎に届きそうだった。

 蛍太郎は、必死にルシオールをかばいながらも「大丈夫だ」と繰り返していた。


 その時「やめよ!」と包囲の後ろから声がした。

「さがれ!槍を立てよ!」

 明確な命令に、兵士たちはザッと動き、速やかに槍を立てて包囲を広げた。広げたが、包囲を解こうとはしなかった。

 広がった包囲の隙間から、五人の人間が蛍太郎たちに近付いてきた。

 この国の物ではない、ゆったりとしたローブの様なものに身を包んだ、色の白い男が二人。

 一人は初老の男で、厳しい表情をしている。

 もう一人も若いとはいえないだろう。二人とも痩せていて、目は厳しく聡明そうな光を湛えていた。しかし、その顔は、おそらく常になく白く、血の気が引いているように見えた。

 更に、二人の騎士。

 一人はローブの二人と同じく一見してこの国の者ではなかった。鈍く光る鎧に身を包まれ、鷹の様に鋭い目つきをした、若く美しく整った顔立ちをした騎士だった。背には黒いマントがなびいていた。

 もう一人の騎士は、この国の者らしく、日焼けし、濃いひげを蓄えた、如何にも歴戦の勇者と言った風貌の騎士だった。

 その二人に左右を守られた男は、黒いケープに、白と赤の縦縞の入った、この国の服を身に着けていた。そして、頭には、宝石のブローチと白い羽飾りのついたターバンを巻いていた。鋭いが、どこか消極的な雰囲気を漂わせる目と、上品に整えられた口髭。年齢は若いが、見るからに高貴な身分と窺わせる印象を与えた。


「この者たちに間違いないか?」

 その、身分の高そうな男が、後ろに控えるローブの二人に訊ねる。すると、若い方の男が、実に落ち着かなげに年配の男に目配せをする。だが、年配の男はその視線を無視したため、結局若い方の男が答えた。

「ま、間違いございません、陛下。その子どもの姿をした者が、この変異の原因です」

「少女にしか見えんが・・・・・・。とはいえ、この美しさは、確かにこの世ならざる雰囲気はあるな」

 男が、ルシオールをジッと見つめて呟く。

 色黒の騎士は、張り詰めた表情のまま、身じろぎ一つしない。

 白銀の鎧の騎士は、表情の変化無く、蛍太郎とルシオールを見つめている。

「見かけに惑わされてはなりません、陛下。『エクナ預言書』にあるとおりでございます故、恐らくは我らには測り知れぬ、恐るべき力を持っておる事でしょう。あのような恐ろしい者を呼び寄せた力は、魔神の力ではありませぬ。まさに地獄の魔物。それも、これまでの記録にないほど強大な魔物の力でございましょう。私たちでは、彼の者の力は全く図れませぬ。我らの魔法も、兵士たちの剣も、全く役には立たぬでしょう」


 蛍太郎には、何が何だかわからなかった。

 わかった事は、真ん中の男が「陛下」と呼ばれていた以上、この国の国王ではないかと言う事だけだった。確かここはグラーダ国という名前の国だったから、「グラーダ国王陛下」なのだろう。


 戸惑う蛍太郎をよそに、国王らしき男が、いきなり蛍太郎たちの前に膝をついた。

 これには周囲の兵士や、ローブの男も驚きを隠せなかった。異国の若い騎士のみが、すぐに王に従い同じく膝をついた。

「皆も従え!」

 騎士が鋭く命令すると、戸惑いながらも、ローブの男も、もう一人の騎士も、周りを取り囲むすべての兵士も、皆膝を折った。

 黒く焦げた、硬い土に片膝を付き、ルシオールに向かい深々と頭を垂れる人々の輪が出来ていた。

 その周りには、救助されて、血まみれで呻く者も、突然の災難や、恐怖で泣いたり叫んだりしている者もいる、異常な光景だった。

「我々の無礼、どうかお許しいただきたい。我々、お二人をお迎えし、いかな要望にも応えさせていただきます故、どうか、お怒り無きよう願います。どうか、我が館への逗留をいただきますよう」

 王は、深々と頭を下げて言った。その言葉に、ローブの二人が激しく動揺するのが見て取れた。

「へ、陛下。そ、そんな恐ろしい事なさっては、我が国が滅ぶやもしれませぬ。この地上から消滅する事になりますぞ」

 発言したのは、やはり若い方のローブの男だった。

「黙れ!この力を放置しておく事こそが恐怖である。たわむれに滅ぼされるよりは、客として、お迎えし、身命を賭してお仕えするより術はない。・・・・・・我々には彼の者の慈悲を乞う以外の道は残されていないのだ」

 王は、血を吐くような表情でそう言うと、ルシオールの反応を見る。しかし、ルシオールは、眠そうに目を閉じて、立ったままコックリコックリ始めていた。

 それを見て、王はやや気を抜いたため息をして、蛍太郎に視線を移した。

「どうだろうか?我が館に快くご逗留願えないだろうか?不自由はさせないつもりだが」

 蛍太郎は返事に窮した。

「そ、その・・・・・・」

「無論、お二人に危害を加える事はない。お二人の事、知らなかったとはいえ、我が国の不手際があったものでありましょう。どうか、お怒りを鎮めていただければ感謝にたえません」


 何か勘違いをしているのか、または、誰かと勘違いしているのではとも思ったが、ここでこのまま逃げ出すわけにはいかず、ましてや、また槍に囲まれたくはなかったので、蛍太郎は了解した。

「承知しました。でも、ルシオールに何もしない事を、確実にお約束ください」

 それを聞くと、王はようやく立ち上がった。

「この身、この国全土と換えましても、必ずお約束いたします。私は、グラーダ国王、ファブラナダ・グラーダ。グラーダ二世です」

 手を胸の前に地面と平行に掲げた。

「俺・・・・・・いや、私は、山里蛍太郎。この子はルシオールです。この子に休める所を用意していただけますか?」

「承知しました。しかし、我が館までは歩いてきていただきたいのですが・・・・・・」

 すでに眠っているルシオールだったが、それを見てさえ、王は少女に畏れを抱いている様子が伝わって来た。そこで、蛍太郎はルシオールを抱き上げて、彼らについて行く事にした。

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