第6話 地上 5
しかし、これではこのまま町に向かうのはまずいという事は、すぐに理解出来た。
あの腕が出現した方向から、その直後に見知らぬ外人が子ども連れでやってくれば、いかにも怪しげだ。
腕との関連性までは想像しがたいだろうが、不審人物として捕らえられかねない。それでなくとも、蛍太郎はパスポートも持っておらず、言葉だって喋れないのだ。
日本人であることぐらいはわかってくれるかもしれない。財布はあるので、運良く現地のお金と両替出来れば、なんとか食事と水くらいは手に入るかもしれないと考えていたのだが、この状況ではそれも心許なくなってきた。
蛍太郎は混乱する頭を、なんとか落ち着かせようとした。しかし、考えていても、その時間だけ蛍太郎の体力は消耗していってしまう。
そこで、とにかく町の裏、もしくは横合いあたりから、住人に怪しまれないように、そっと町に入り込む事にした。
歩きだすと、少し落ち着いてきた。と、言っても、町に入ってからどうするかと言う具体案は全く思いつかなかった。
町を目前にして、その町に入らず、町に沿う形で外苑を横に移動し始めたのだが、それでもルシオールは何も訊ねてこなかった。蛍太郎もしゃべる体力すら惜しんで、懸命に足を動かした。
その甲斐あって、人の姿のない小道を見つけ、ようやく砂漠から硬い土の地面に上がる事ができた。
建物の陰からあたりを窺うが、人影は見られなかった。この辺りは建物も崩れておらず、あの揺れは、遠くに行くほど小さな揺れへと収まって行ったのだろうと推測できた。
もし、蛍太郎が体感したままの揺れがこの町を襲っていたら、石造りのこの町の建物は、みな崩れ落ちていたに違いない。
蛍太郎は、ようやくルシオールに微笑みかけるゆとりができた。
「町に着いたよ。もうすぐ水と食べ物が手に入るからね」
もちろん、そんな保証はなかったが、ルシオールを安心させるためにそう言った。ルシオールは小さくうなずいた。
土の地面に上がると、白い砂の照り返しがなくなった分、いくらか涼しく感じた。歩きやすい地面のおかげで、足にも元気が戻ってきたようだ。
しかし、ここは何処かも知れぬ異郷の地。この国、町の政情がどうなのか全く分からないのだ。言葉だって日本語が通じるはずがない。蛍太郎の英語力は学校教育で学んだ程度だが、英語自体も通じるか分からないのだ。
蛍太郎は、誰かと接触するのを恐れて、建物の陰から陰へと移動していった。
やがて、少し人通りのある小道に行きあった。壁にへばりつきながら、通りを行く人々を観察した。
皆、黒や白の薄布で全身を覆い、男は頭にターバンで、女は眼だけ出して後は頭も顔も布で覆っていた。
男は皆、腰から刀を下げていたが、おしゃべりをしたり、笑ったりしていて、すぐに襲いかかってきそうな人々には見えなかった。
小道の先は大通りに行き当たるようで、そちらを目指して歩いて行く人が多かった。大通りに行けば店があるのだろう。
壁際から頭だけ出して、大通りの方をのぞくと、露天らしきテントや小屋がちらりと見えた。そちらの方へ行ってみたいが、ジーパンにシャツだけの蛍太郎の姿は、いやが上にも人目を引いてしまう事になるだろう。
まだ、シーツを巻いているルシオールの方がこの景色には合っているかもしれない。目立つ黄金色の美しい髪も、今はパーカーのフードをかぶせて、パーカーの下にたくしこんでいるので、はみ出しているところはあるが、まだ目立たないだろう。
ジッとルシオールを見つめていると、ルシオールは小首をかしげた。
「なんでもないよ」
そう告げると、蛍太郎は小道を戻り、建物の間を縫って、人と会わないようにしながら大通りに向かった。大通りに出るには、何箇所か小さな道を渡らなければならなかったが、人に見つからないタイミングを計って渡り、なんとか大通りにたどり着いた。
そこで再び壁にへばりついて、通りを観察する。
さすがに大通りは行きかう人が多かった。露店も建ち並び、掛声、呼び声が飛び交い、活気に溢れていた。
蛍太郎の隠れている建物の前にも露店が建っていて、銀や青銅の食器を、木の箱を並べたテーブルの上に、所狭しと並べていた。そのため、蛍太郎の目の前にも大きな木箱があり、その裏に身をひそめる事が出来たのだ。
いろいろな言葉が耳に入るが、ガヤガヤと音が混じって、どうにも1人の言葉だけを聞き分ける事は出来ない。
もっとも、聞き分けられたところで、さっぱり言葉は理解できない事には変わりはないだろうが・・・・・・。
よく観察していると、皆が皆、白や黒の布で体を覆っているわけではなさそうだった。ズボンに長そでのシャツや、腕もむき出しにしている者もいた。顔立ちも、色白な者や、金髪、赤毛の者もいた。
外人も多いようだ。そうした人たちが平気で歩いているところを見ると、それほど治安が悪い国ではないのかもしれない。
蛍太郎は、ポケットから財布を取り出して中身を確かめた。五千円札がある。バイトしていない高校生には大金だ。外人が多いのなら両替の可能性が息を吹き返してくる。希望が出てくると、急にのどの渇きも空腹感も倍増して感じてしまう。
蛍太郎は勇気を振り絞って大通りに出て行こうとした。
その時である。
「おい、おまえ」
背後から何者かに声を掛けられた。
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