第6話 地上 4
砂漠では、遠くにある物でも、実際より近くに見えるものである。
歩けども歩けども、最初に思っていたほど町は近づいて来ない。
ジリジリと陽に焼かれながら、ルシオールの手を引いて歩いていると、町のほうに砂煙が上がっているのが見えた。その砂煙は、こちらに向かって近付いて来ていた。何かが集団でやってきているようだ。
砂煙は次第に色を濃くし、大きく立ち昇って来た。目を凝らして見ると、何かの動物に乗った人たちが、数十人で隊列を組んで駆けて来ているのがわかった。
どうやら助かったらしい。彼らに救援を頼めば、町まで連れて行ってくれるかもしれない。
そう思ったのは、最初の数分だけだった。ワラをもすがる気分だった時には冷静な判断と言うものは出来ないのだが、近づいてくる集団を見るにつれて、警戒心が強くなってきた。
ニュースでテロリストや犯罪者に日本人が拉致、殺害される事件が報道されていた事を思い出す。考えてみれば、蛍太郎はここがどこで、どんな政情の国なのかも知らなかった。そんな所で、安易に助けを求めるのは、場合によっては「カモがネギしょってやってきた」と言う事になる。
少なくともここは、安全な日本ではないのだ。
しかも、今はルシオールが一緒なのだから、警戒するに越した事はない。
蛍太郎は、ルシオールの手を引くと、砂丘の陰に身を潜めた。そして、丘の端から顔をのぞかせて、迫りくる集団を観察した。
その集団は、蛍太郎のいる所からは少しはずれた位置を通過していく事になりそうだった。
蛍太郎は厚い砂の上に伏せて、迫りくる集団をじっと観察した。
ルシオールは文句ひとつ言わず、されるがままに砂の上に伏せていた。その表情は、熱砂の砂漠のただ中にいるというのに、涼しげで汗一つかいていなかった。
その様子にまたしてもチクチクと不安が浮かんだが、ようやく砂漠を掛けてくる集団の仔細が見て取れるくらいになったため、そちらに集中する必要があり、不安は頭の奥の引き出しにしまい込まれた。
どうやら隠れたのは正解だったようだ。
集団の男たちが騎乗しているのはラクダであった。大きなラクダが一歩踏み出す度に、その背は大きく揺れたが、騎乗者はその揺れを物ともせずに、険しい表情で一心に進む先を見ていた。
全員が黒い薄絹で身を包んでおり、頭にもターバンが巻かれていた。色の濃い肌に濃い眉毛と口ひげを蓄えていた。アラブ人かと思ったが、やや顔のつくりにテレビなどで見た様子とは違和感があった。どちらかと言うと、ギリシャの彫刻を、黒髪にして、日焼けさせたように見えた。
なんともミスマッチな、ちぐはぐな感じがした。
全部で二十五騎の男たちは皆武装していた。背に長い槍を背負って、腰には大きく湾曲した幅広の刀を下げていた。銃火器類は見当たらないが、逞しく鍛え上げられた男たちが襲ってくれば、蛍太郎はなすすべもないだろう。
男たちは皆、険しい表情で、言葉を交わし合う事すらなく、砂煙を巻き上げながら蛍太郎の近くを通り過ぎて行った。
蛍太郎は、気付かれなかった事にホッと胸をなでおろした。
隊列が通り過ぎると、蛍太郎は急いで歩きだした。砂漠に残った足跡を発見されれば、すぐに追いつかれてしまうだろう。
弱いながらも風が吹いていて、足跡を消してくれる事だろうが、消える前に見つかる恐れもある。
町へ入れば事態が好転するとは限らないが、今はそれに縋る他なかった。
のども乾いたし、空腹感が胃袋を苛んでいた。足は悲鳴を上げていて、もし蛍太郎一人だけだったら、根を上げていたかもしれない。
今は「ルシオールを守るのだ」という強い思いが蛍太郎を支えていた。そのルシオールは、そうした蛍太郎の不安や焦燥、疲労など、全く知らぬように、涼しげな(むしろ眠そうな)表情をして、呼吸一つ乱していなかった。
蛍太郎に手を引かれるままついて歩き、時々眠そうにあくびをしたり、歩きながらウトウトしかけたりしていた。
やがて、町が近付いて来た。
大きな砂丘を登りきったところで、町はずれの最初の家が見えた。
しかし、見えたのは建物だけではなかった。たくさんの人たちが、町はずれの家の辺りに集まり、どうやら蛍太郎たちの来た方向を見ているようだった。
蛍太郎は慌てて砂丘の陰に隠れた。何事かと、頭だけを上に出してその場から様子を窺って見た。
地面は町の方に行くと、白い砂から、茶色い硬そうな土に変わっているのが見える。砂漠と町が目に見えて分離されているのだ。
その砂漠の入口辺りに、人々が集まって、ガヤガヤと騒ぎながら、蛍太郎たちが来た方向を見ているのだ。
その方向は、ラクダの一隊が目指した進路と重なる。
よく観察すると、町はずれにあるいくつかの建物は、崩れて半壊状態になっていた。
その様を見て、ようやく町の人々が集まっている理由、ラクダの集団が武装して目指した目的地が何なのかがわかった。
あの巨大な腕と、その出現による地震に原因があるのだ。
当然、巨大な腕はこの町からも見えただろうし、その出現時の大地の揺れは、この町にも大きな影響を及ぼした事だろう。
そうした事に気付かない方がどうかしているようだが、蛍太郎としては、それだけ必死に町を目指す事だけ考えていたのだ。
ここに来るまでの異常な状況の連続はもちろんだが、眠気と疲労も激しく、のどの渇きと空腹で、正常な思考も失われていた様だ。
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