第7話 異世界 4
しばらくすると、部屋から声がした。
「背中が拭けない」
「えーと。じゃあ、取り合えず服を着たら教えて。背中は俺が拭くから」
少しすると「着た」と声が掛ったので、部屋に戻る。ルシオールは椅子にチョコンと座っていた。
丁寧に、頭から被る布も身に着けていた。
「部屋の中ではいいよ」
蛍太郎は苦笑しながら、先ずその布を頭からとってやる。次に、黄金色の髪の毛を服の上に引き出すと、黒い綿の服をまくりあげた。その下にはボロボロに汚れたシーツの残骸を身に着けていた。
蛍太郎は顔をしかめて呟いた。
「そうか。下に着る物も買わないといけないな」
見るからに高貴で気品にあふれるルシオールに、こんなボロボロの布きれを身に着けさせているのは、とんでもない背徳行為のような気がした。ルシオールには素晴らしく高価なドレスこそ相応しい気がした。そんなドレスを着た所を想像すると、ますます素晴らしく整った最高級の人形のようだと思った。
ボロボロのシーツも捲りあげると、小さな白いお尻が現れた。
「ぐあっ!し、下着もか・・・・・・。この国の下着ってどんなだよ・・・・・・」
頭を抱えたい気持ちになった。女物の下着を買う自分の姿を思い浮かべると、普通の高校生の蛍太郎は、恥ずかしさに顔から火が出そうだった。そんな想像にうんざりしながらも、蛍太郎は優しくルシオールの背中をタオルで拭いてやった。
すると、ルシオールは小首を傾げた。
「ケータロー。今は裸になっていいのか?」
「あ・・・・・・。うーん・・・・・・。こ、これは必要な事だし、例外かな?」
「難しいな」
ルシオールは無表情のまま呟いた。それには蛍太郎も同意である。
「それから、下に着てるシーツは、もう脱いじゃっていいよ。せっかく体を拭いたのに、それを着てたら、また汚れちゃうからね。後で俺が何か買ってくるよ」
ルシオールはコクリと頷いた。
一通り終わると、ルシオールは眠そうな目で、ベッドを見る。
「寝てると良いよ。俺が外に出たら、かんぬきを掛けてベッドで寝るんだよ」
蛍太郎は、かんぬきのかけ方を実践して見せると、ルシオールも了解したように頷いた。
ルシオールは、何も知らないようだが、理解力はしっかりあるようだし、素直だ。
それから、蛍太郎は部屋を出た。耳を澄ましていると、ちゃんと中からかんぬきを掛けた音がした。ルシオールは、やはり実に素直で優秀な生徒だった。
「行って来るよ。俺が帰ったらノックして声を掛けるから、そうしたら開けてくれ。他の人が来ても開けちゃダメだからね」
「わかった。ケータローが来たら開ける」
その声に安心して、蛍太郎は階下に向かった。
蛍太郎は、宿の外に出ると、出来るだけ近くで用を済ませるべく、辺りを見回した。
治安状態も分からず、見ず知らずの異国・・・・・・と言うより、全くの異世界で、一人で歩き回るのはとても恐ろしい事だった。
この世界の常識を持ち合わせていない事、何から何まで分からないという事を自覚しているだけに、不安感は増大していた。
それでも、服や情報を仕入れるには、宿に引き籠っているわけにはいかない事は分かりきっていた。
お金も思わず手に入ったが、すぐに尽きてしまうだろう。
それに、今後の事も考えなくてはならない。
これまでは、必死に地獄から逃げて、命を繋ぐ事ばかりに気が向いていたが、今は新たな問題に直面していた。
蛍太郎が元いた世界、地球の日本に戻れるのかも分からない以上、当面この世界で生きていかなければならない。その術を早急に考える必要があった。そのためには、情報は必要だった。
蛍太郎には、一つだけ手掛かりがあった。
あの人形師ゲイルを頼って、共に「大国」らしい「グレンネック」へ行く事だった。
ゲイルは、ルシオールの髪の毛に執心だったのだから、ルシオールに頼んで、少し髪を売る事で、ゲイルを説得出来るかもしれない。どうせ、ルシオールの髪を整えるために、落ち着いたら少し切りたいと思っていたところだ。ルシオールは了承してくれるだろう。
グレンネックに行けば、蛍太郎にも仕事が見つかるかもしれない。稼いで、ゆとりが出たら、またどうするのか考えればいい。
蛍太郎が宿に戻ったのは、体感的に約一時間後だった。日は暮れかけて、辺りを夜が支配しようとしている薄暗い頃だった。
大きめの、布と動物の革で出来た頑丈なリュックと、その中に着替えも含めた服が三着入っている。
一着は蛍太郎の物で、シャツとトランクス状の下着である。二着はルシオールの物で、中に着る、ダボッとしたシャツとスカート。
下着は、男の子も女の子もトランクス状のものか、ふんどしになるそうだった。そもそも、子どもは下着を着けていない事の方が多いそうだ。
ふんどしだと、蛍太郎にはつけ方がよく分からないし、分かった所で、つけ方を教えるのは抵抗があった。だから、トランクス状の下着を買った。
ルシオールの髪の価値はかなりの物で、それだけ買っても、銅貨十二枚で済んだ。銅貨二十枚で、銀貨一枚の価値になるようだ。手元には銀貨一枚と銅貨二枚がある。その他、宿に銀貨一枚渡しているので、明日の清算でお釣りがくるだろう。
スカートは、布状で売られており、それをその場でスカートに仕立ててくれるのだった。
注文の後、仕立て上がるまで十五分ほどの早業だったが、待っている間に、少し店員と話が出来た。相変わらずの日本語吹き替え調で、違和感があったが、言葉が通じるのがせめてもの幸いである。
仕入れた情報は、この国の事、グレンネックへの道のりの事、お金の事である。単位についても少しだけ分かった。
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