第12話 消失 1
ジーンに助けられて、蛍太郎が向かったのは、グレンネックの隣国、南バルタ共和国だった。
南バルタ共和国は、グレンネックの西にある南北に細長い国で、常に北バルタ王国と戦争を繰り広げている国だった。
その南バルタとグレンネックの国境近くにある小さな村、ヨーデン村に一行は入る。
道中で、一行は目立たない恰好に着替えていた。
村に入ると、すぐに蛍太郎が見慣れた人物が出迎えてくれた。
「お帰りなさい!」
暖かい微笑みと、清らかな涙を流して出迎えたのは、リザリエだった。
「よくぞご無事で」
馬から下りる蛍太郎とルシオールに駆け寄って、二人を抱きしめる。
蛍太郎も、リザリエをきつく抱きしめた。それはルシオールもだった。
「ルシオール様。一人にさせて申し訳ありませんでした」
リザリエが膝を付いてルシオールに告げると、ルシオールはニッコリ笑った。
「ケータローと同じ事を言うな、リザリエは」
ルシオールの雰囲気の変化に、リザリエは驚く。
すると蛍太郎が笑った。
「そうなんだ。ルシオールはすっかり元気な女の子になったんだ」
そう言うと、ルシオールがむくれた表情をする。
「違う。私は元々こうだ。今まではちょっと寝ぼけていただけなんだ」
ルシオールの頭の靄は晴れていた。
自分で物を考えたり、学習したり出来るようになったし、色んな物が見えるようになっていた。
自分自身が望んでいる事も分かっている。
ただ、ルシオールは未だに完全な覚醒には至っていない。
本来なら、これから先に起こる事も分かるはずなのだが、今は未来の事は闇に包まれている。それが不安で仕方が無い。
だが、今はこの再会を喜びたい。
時間は有限なのだ。
その夜は、ジーンは村の宿に泊まり、蛍太郎たちは借りている空き家に向かった。
それから二日後、村にヴァンが到着した。
そして、蛍太郎たちの家に集まり、ヴァンの報告を受ける事となった。
「まずは、お疲れさん、俺」
ヴァンがそう言って、酒を一杯引っかける。
リザリエの上手な料理が運ばれてくる。
ルシオールが給仕を手伝う。
それを横目に、ヴァンが呟く。
「・・・・・・しかし、その子が本当に『深淵』とやらなのか?イマイチ信じらんねぇな・・・・・・」
その声を聞いたルシオールが頷く。
「あい」
蛍太郎が苦笑する。
「私は地獄の第七階層で生まれた」
ルシオールが説明しだしたので、蛍太郎がルシオールを手招きして隣に座らせる。
「地獄は多くの死者たちの怨念が溜まっている。その怨念が一つのエネルギーとして集まり、私が生まれた。しかし、そのエネルギーは強すぎて、それを恐れた魔王たちは、私の誕生を察知して集合し、生まれたばかりの私に攻撃をしてきた。そして、私は第八階層を創造して逃げ込んだのだ」
この話は他の三人はもう聞いていた。
「ああ~~~。俺は地獄に詳しくねぇからよく分かんねぇけど、何か、色々大変だったんだな~」
ヴァンには、その一言で片付けられてしまった。
三人は、もっと詳しい話を聞いていた。
ルシオールの誕生は恐らく、二、三百万年前。
地獄は果てしなく広く、この三次元世界(四次元世界とも言う)の全ての多重世界と繋がっていて、限りなくゼロに近い割合で、死んだ生き物は地獄に吸い込まれる。
限りなくゼロに近くても、ほぼ無限に広がる多重世界と、無限に近い数の生物である。
地獄は常に満員寿司詰め状態である。
そこは弱肉強食の無慈悲な世界である。
互いが互いを食う世界。
恨みや怒り、憎しみ。そうしたマイナスの感情がエネルギーとして残り、階層の深くに深くに落ちていく。
溜まったエネルギーは第七層で、ある時、時間のエネルギーと結びつく。
そこで誕生したのがルシオールである。
時間をエネルギーとして使う事が出来る魔王。この魔王の登場は、全ての地獄の魔王を滅ぼす力の登場を意味した。
そこで、魔王たちは集結し、誕生の阻止を図ったものの、誕生した瞬間にその大半が消滅させられた。
辛うじて第八階層という、誰も入れず、新しい魔王でさえ自力では抜け出す事が出来ない階層に閉じ込めた事で、事態は納まった。
ところが、数百万年の時を経て、更に強力になった深淵の魔王が、地球に住む青年の助力を得て、第八階層の封印を解いて地上に出現したのだ。
蛍太郎には分からないのが、なぜ、それが自分だったのかと言う事である。
蛍太郎は何の力も持っていない只の高校生である。
ルシオールの答えは、「それが蛍太郎だったからだ」との事だけだった。
また、時間エネルギーというのもよく分からない。しかし、分からない事を考えても仕方が無いし、ルシオールは恐ろしい魔王では無いという確信も持てた。
「集まったのが例え負の感情の力だとしても、力は只の力だ。それがルシオール殿の性質には左右されなかったと言う事だな」
ジーンはそう断じていた。
「私の願いは、ただケータローに会いたかったのだ。それだけだ」
ルシオールは誇らしげに言っていた。
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