第11話 魔性 7

 ルシオールの手の先に、黒い玉が浮き上がる。

 ルシオールの小さな手のひらに納まる程度の小さな玉だ。

 その玉は、打ち出されたら、このエレスはおろか、恐らくエレスの恒星系全てを消滅させるほどの力を持っているだろう。

 キエルアの実験は、すなわち世界の、宇宙の崩壊に繋がってさえいた。

 全てを失ったルシオールは、この次元の宇宙は滅ぼし尽くすに違いなかったからだ。


 だが、そうはならなかった。


「ルシオール!!!」

 深淵の魔王を呼ぶ声がする。

 ルシオールは、懐かしい声を聞いた気がして、不意に目を下に転じる。

「ルシオール!ダメだ!人を傷つけてはいけない!!」

 そう叫ぶ声は、姿は・・・・・・。

 

 ルシオールの頭に掛かった靄が急速に晴れていく。

 頭がスッキリして、初めて世界をしっかり見る事が出来た気持ちになる。

 同時に、自らが、今、正に放とうとしている力の恐ろしさを認識する。

「ケ、ケータロー!助けて!!」

 ルシオールが叫ぶ。

 キエルアが、混戦から抜け出して、こっちに駆け寄ってくる二人の兵士の内、一人が、あの蛍太郎である事を見て取った。

「むう。これは!」

 完全に想定していなかった事である。あの無力で愚かな青年が、こうもしつこくルシオールを追ってこられようとは。ジーンばかりを警戒していた己の失敗だった。

「やれ!ルシオール!」

 キエルアが叫ぶ。

「やれぇぇーーーー!ルシオーーーーール!!!」

 壊れた青年が悲鳴の様な声で叫ぶ。


「ダメだ!ルシオール!やめるんだ!」

 蛍太郎が叫ぶ。

 その蛍太郎に、キエルアの炎の矢が飛ぶ。

 それを、もう一人の兵士が盾でしのぐ。

「ルシオール!一緒に帰ろう!!」 

 蛍太郎が叫んだ時、ルシオールが手を空に向けて黒い玉を握りつぶした。



 戦場全てに、凄まじい風が吹き、音が、光が消えた。

 次の瞬間、光が戻り、音が戻ると、轟音を上げる空気の圧力が兵士たちを吹き飛ばしたり、地面に押しつぶしたりした。

 両陣営の観戦台も、東西の観客席も、被害を受けて半壊する。

 見上げると、空に巨大な空間が開いていて、雲も空気の層も無く、そのまま宇宙に繋がっているように見えた。

 もはや何が起こったのかは誰も分からない。

 蛍太郎もヴァンと共に吹き飛ばされてしまった。




 もう戦決闘ウォーゲームどころでは無くなっている。

「ケータロー!ケータロー!!」

 ルシオールが半壊した観戦台から飛び降りる。

 高さが4メートルほどある観戦台である。

 地面に落ちた時に、鈍い音がして、両足の骨が折れたようだが、すぐに立ち上がって、普通に駆け出す。

 観戦台の上はどうなっているのか、キエルアの妨害も無い。

「ケータロー!ケータロ-!!!」

 ルシオールは必死に走る。吹き飛んだ蛍太郎を探す。

 すると、巻き上げられて落ちた土くれの下から、ボコリと盾を持ち上げて、二人の男が現れる。

 一人はヴァンで、グッタリしている蛍太郎を抱えて起こす。

「ケータロー!!」

 ルシオールは蛍太郎に駆け寄って、そのままの勢いでしがみついた。

「ケータロー!ケータロー!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 ルシオールはポロポロと大粒の涙をこぼす。

 蛍太郎はぼやけた意識がはっきりしてきて、ようやくしがみついてくるルシオールに気付いた。

「ル、ルシオール。無事で良かった・・・・・・」

 そう言うと、ルシオールの頭を優しく撫でる。

「俺の方こそごめんな。ルシオールを一人にしてしまって」

 ルシオールの心が温まっていく。

「今までよく頑張ったな。偉かったよ」

 ルシオールは嬉しかった。何で今まで自分はこの人を忘れていられたのだろうか?

 最も大切な人では無いか。絶対に忘れても、失ってもいけない唯一の人である。

「ケータロー!ごめんなさい!」

 ルシオールは蛍太郎の胸に顔を埋めて泣く。

「さあ、一緒に帰ろう」

 蛍太郎は、ルシオールを抱きかかえる。

 

 ちょうどその時、騎馬がやって来た。

「上手くいったね。さあ、逃げよう」

 言ったのは白銀の騎士ジーン・ペンダートンで、もう一頭、馬を連れてきていた。

 蛍太郎はヴァンに助けられて馬にまたがる。そして、ルシオールを前に乗せて馬にしがみつく。

「馬は俺に勝手に付いてくるから、心配しないで、落ちないようにだけ気を付けてくれ」

 そう言うと、ジーンは馬を走らせた。

 蛍太郎とルシオールの乗る馬も、それを追って走り出す。

 

 後にはヴァンだけが残った。

 彼は、この後の顛末を見届けて報告する仕事が残っていた。

 ここからは暗殺者の仕事である。

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