第6話 魔導師の館 5
「さて、おまえは何者だ?・・・・・・尋常じゃない奴だってのは分かる・・・・・・」
ジーンは、答える代わりに、フッと笑みを浮かべて独り言のようにつぶやいた。
「護衛ではない。ふむ、暗殺者だな」
「おいおい。あんた、暗殺者には見えないがな、やろうとしている事は暗殺だろ!?」
男が呆れたように返す。
その声の端ににわかに殺気が籠もった。
男は物心ついた時から、暗殺者になる為に訓練をされてきた。
暗殺者を育成する里で生まれたのだから、他の生き方が出来なかったのである。
暗殺に対して嫌悪を感じるでも、誇りを感じるでも無かったが、「暗殺者」を、ただの汚物のように扱う多くの人間に接してきて、そうした扱いを受ける事に対しては我慢がならなかった。
「・・・・・・なるほど。確かに俺がやろうとしていることは暗殺だな」
ジーンは素直に納得する。
「であれば、俺は暗殺者だ。君と同じ職業と言う事になるな」
「なんだ、こいつ。変な奴だなぁ。暗殺者呼ばわりされて嫌じゃないのか?それとも嫌味のつもりか?」
男は冷たい殺意を、静かに消し去っていく。
暗殺者は殺意を消して行動する。
その変化にジーンは当然気付いているはずだが、全く動じる様子もなく、淡々と述べる。
「なに。どんな職業と取られようが、俺は俺の為すべきと思った事をするだけだ。今回は暗殺が目的だが、俺にはその行為に義を感じているから、恥ずべき何物も無いだけだ。君は自分の職業を恥じているのか?君の暗殺業に君自身の意義を見つけ出せていないのか?」
「俺は他の道を知らないだけだ。好きでやっているわけでもなければ、金のためでもない。暗殺者として依頼を受ける意外に生きていく方法を知らないだけだ」
「やりたくもないのにやっているのか・・・・・・。それは不幸な事だな」
ジーンがつぶやいた瞬間、銀光が走る。男の手から何かが弾き飛ばされてきた。それは一瞬の間も無くジーンに迫った。しかも一つではない。三つが同時にジーンを襲い、眉間、のど、みぞおちに向かって来ている。
「ヒッ!?」
次の瞬間、悲鳴を上げたのは男の方だった。
銀光は、男の耳元をかすめて窓から外に飛んでいった。
男が放ったのは、らせんを描いた小さな鉄の礫であった。
ジーンは剣を使うでもなく、高速で飛来する礫の側面を指先ですくう様にして方向を逸らし、腕を回転させて跳んできた威力そのままに男の方へと受け流したのである。それも、一度の動きで三発まとめて。
避けても、剣で弾いても大きな音がするので、そうした手段をとったまでの事だが、その技術は人間離れしている。
男に当てる事も当然可能であっただろう。
相手の力量を知った男はヘナヘナと床に座り込む。
「・・・・・・なぜはずした?」
ジーンはこともなげに答えた。
「やりたくないと思ったからだ」
「は?」
「君を殺すのは、嫌だと思った。これ以上邪魔さえしなければだがな」
何気ない言葉だったが、男は背中を冷たい汗が流れるのを感じずにはいられなかった。
自分とジーンの力の差があまりにも大きすぎる事を悟った。
ジーンがその気になれば、自分は声一つ立てる事無く、そうとは気付かぬほどにあっさりと殺されていただろう。
男は両手を挙げる。武器は礫だけでは無い。得意武器は他にもあるし、体中に武器を隠している。
しかし、戦うだけ無意味だと知る。
「わかった。もう邪魔しねぇ。でもな、あんたが暗殺を成功させちまったら、俺は結局殺されるんだ。それはむごい殺され方だぜ。だから、あんたにあっさり殺されちまった方が助かる訳なんだが、そうしてくれるかい?」
近寄って見ると、男はまだ若く、切れ長の目に赤い瞳が、明るい色を湛えていた。
男も自分の心境の変化に、不思議な感慨を覚えていた。
こうして諦めてみると、「ようやく解放される」という安堵感すら覚え、死を目前にしながらも、実に清々しい気分を味わっていた。
これまでも、死にかける目にはたくさん遭ってきたが、こんな気分は初めてだった。
「ふむ・・・・・・」
ジーンは少し考え込むと、腰に差した短剣を抜く。青みがかった鈍い輝きを放つ短剣だ。これにも何らかの魔法が込められているのだろう。
「暗殺業も、この世から消えぬ一つの職業である事は認める。しかし、生まれた場所で、選択すら出来ずに暗殺者として育てられるのは不幸だ。私の義は、その不幸を看過できぬ」
「は?」
急に予想外の事を言い出したジーンに、男は呆気にとられた。
「私の用事が全て済んだ後で、君が望むなら、その里を私は壊滅させてやろうと思う。せめてこれからは君のような不幸な子どもが生まれない為にな。・・・・・・どうだ?」
「あんた・・・・・・アホか?」
男はそう言いつつも、一筋の涙が頬を伝った。
夢にすら抱いた事はなかったが、これこそ自分が望んでいた事なのだと知ったのである。
その涙を了解と捉えて、ジーンは優しく微笑んだ。そして、剣の柄を男に握らせ、剣の腹を自らの肩に当てる。
「ここに誓おう。ジーン・ペンダートンは、君の里を開放するために命を懸けよう」
剣の柄を握る男の手が震えた。もしこの剣を少し横に滑らせたら、ジーンに致命的な傷を負わせる事が出来る。
しかし、男はそうしなかった。生まれて初めて、心の底が震え上がり、熱い血潮が全身に巡るのを感じたからである。
この風変わりな男は、阿呆である。
しかし、これほど真っ直ぐで信じるに足る阿呆はいないだろう。
男はジーンの名前を知っている。その伝説は誰もが知るところだったからだ。
「俺は、ヴァン・ルー・シェン」
ヴァンと名乗った男は剣をジーンに返すと、床に両膝をそろえて座り、床に額をこすりつけるようにして深々と下げた。
「俺も誓う。あんたが里を壊滅する為に力を貸してくれるなら、俺もあんたの為に命を使おう。暗殺者には懸けるべき誇りは無いが、今感じた、この気持ちに懸けて誓おう」
ジーンは、ヴァンの目をしっかりと見据えると柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
ヴァンは、初めて何かの為に命を懸けたいと、心の底から願った。
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