第3話 不死海 4

 ノックをして部屋に入ると、リザリエが清潔なシャツに着替えて椅子に座っていた。

「お帰りなさい。ケータロー様も旅の疲れを落としてください」

 リザリエの言葉に頷くと、癖のように「ルシオールは?」と尋ねる。

「とっくにお休みですよ」

 リザリエが微笑む。その優しげな微笑みは、邪神が心に住まう蛍太郎には眩しい。

 ルシオールを見やると、リザリエ同様に清潔なシャツに着替え、ベッドに横向きになり「ク~ク~」と小さな寝息を立てている。


 蛍太郎は、この少女を愛おしいと思う。理屈ではなく、守ってあげたいし、この少女の喜ぶ顔を沢山見たいと願っている。

 したたる黄金の液で染め上げたような長い髪が、無造作にベッドに広がり無数の支流を作り上げている。その髪を一撫ですると「明日は仕事だぞ」と、そっとつぶやき微笑んだ。

「仕事?」

 リザリエが首を傾げるので、宿の主人と話した事を伝える。

 するとリザリエが顔を輝かせる。

「それは良いですね。その絵描きの腕次第では、私たち3人揃っての肖像画も描いて貰いましょう!」

「・・・・・・あのさ。絵ってそんなにすぐに描ける物じゃないでしょ?画材が何かわからないけど、乾くまでも時間かかるだろうし・・・・・・」

「そ、そうなんですか?」

 蛍太郎が唸る。

「写真とかだったら良いのになぁ~」

「『シャシン』?」

 リザリエが首を傾げる。

「ああ~。そりゃそうだよね~」

 蛍太郎は苦笑して、荷物から財布を取り出す。

 財布は日本から穿いてきたズボンのポケットに入ったままだったので、今も使っている。

 その財布の中に、とても大切にしている写真が入っていた。

「これみたいな物の事だよ」

 その写真は「プリクラ」。ゲームセンターに置いてある機械で、手軽に写真を撮って、それがシールになってすぐに手に入る物だ。

「こっ、これは!?ケータロー様と・・・・・・」

 リザリエは写真のリアルさに目をまん丸にして、食い入るように見つめる。

「俺の妹だよ」

 蛍と2人で撮った写真だった。せがまれて撮った写真で、ほたるは嬉しそうに、蛍太郎は照れたように、だが、身長を合わせるために屈んで写真を撮っていた。

「す、すごい!誰が描いたのですか?こんな小さいのに、細部まで、まるで本物のように・・・・・・」

 尋ねられると、説明しなければいけない。


「これは絵じゃ無いんだ。見たままの景色を紙に写す技術があるんだよ」

 「機械」というと、理解が得られないだろうと思い、「技術」と説明した。

「すごいです!ケータロー様の世界の事は、もっともっと聞きたいです!!」

 度々リザリエには話していて、その全てにリザリエは深く感動していた。

「前に、『印刷技術』の説明をしただろ?この写真の技術があれば、こんな絵を載せた本も量産できるんだぜ」

「すごいです!」

「えーと、印刷技術に転用できたのは、たしか『タルボタイプ』の写真技術の登場からだったな・・・・・・」

 蛍太郎は、写真好きの友人から聞いた話を思い出す。

「一番簡単な技術としては『単塩紙』、つまり、紙に食塩水しみこませて、『硝酸銀』を反応させると、光に反応する物が出来るらしい。それを小さな穴が空いた装置に入れると、穴から見える景色がそのまま単塩紙に移るって仕組みだよ」

「なるほど」

 説明している蛍太郎は、説明が合っているのかわからない。元々聞きかじっただけの知識である。

 幸いな事に、魔導師であるリザリエは、錬金術の様な修行もしている。

 錬金術は、言わば化学のことであるから、専門的な話をしても、リザリエは理解していた。


 そこで、蛍太郎はピンホール写真技術の説明から始めて、印刷技術に転用できる「陰画ネガ」と「陽画ポジ 」を用いる「タルボタイプ」の写真技術まで、途中あやふやになったが説明して聞かせた。

 さすがは魔導師リザリエ。すぐに反応がある。

「それがこの前教えてくださった、『活版印刷技術』と併用して使う事が出来るんですね?」

 蛍太郎は頷く。更に写真の技術が向上すれば、活版に頼らずに大量の文字を、写真や絵と一緒に印刷出来る事になるはずだ。そして、それは白黒からカラーになっていく。

 もっとも、この知識が合っているのかわからないし、説明の仕方も完全に友人の受け売りでしか無い。


「ケータロー様は素晴らしい方です。上下水道や、衛生観念についての話も素晴らしかったし、錬金学が『化学』と呼ばれて、様々な事に生かせる事を教えてくださいました!」

 リザリエにそう言われると、何だか騙したような気がしてしまう。

 確かに、この世界ではまだ一般化されてはいないが、蛍太郎の世界では多少勉強が出来れば、高校生にもなれば知っている事ばかりだった。

 確かに一般的では無い知識もあったが、所詮は単なる学生だから、偏りがありまくる。

 そんな知識があったからと言って、蛍太郎にはそれで世界を変える程の力はない。



 その夜は、それからも写真について色々話をしてから、夜も更けて眠りについた。

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