第1話 初夏 9

「何でそんなに人気があるのかなぁ」

 千鶴は心配になって思わずつぶやいた。

「何でって、千鶴が一番知ってるんじゃないの?初めて好きになった人なんでしょ」

「私、まだよくわかんない・・・・・・」

「・・・・・・うん。まず、東京から来たってのが一番インパクトあるよね。で、顔も悪くない。クラスのほかの連中に比べたらきれいな顔っていえるよね。制服が違うのもプレミア感あるしね。まあ、目立つよね。クールな態度と、千鶴が感じたように、どこか陰りのある切なそうな表情がいいって子も多い。それでいて、ネクラって訳じゃない。性格はまだわかんないけど、悪くないのはわかる」

「山里君とっても優しいよ!」

 千鶴が思わず口を挟む。美奈は千鶴の頭をなでる。

「わかった、わかった。性格は優しい・・・・・・と。で、実はスポーツが得意らしい。体育のバスケでめっちゃ活躍してたらしい」

「ええ?そうなの?・・・・・・あ、でも。だからあたしがぶつかってもビクともしなかったんだ」

 千鶴は妙に感心してしまう。美奈は千鶴のその証言はさすがに大げさなのではないかと疑っている。

 事実は教室に入るために急カーブして駆け込んできた千鶴がぶつかった拍子にバランスを崩して勝手に吹っ飛んだところが大きい。本人が思っていたほど山里は衝撃を受けなかったようだ。だが、千鶴はすっかり美化してうっとりしている。

「よし。わかった!」

 美奈が一つ手を叩く。パンという乾いた音が店内に響いて、驚いた数人の客が視線を向けてくるので、美奈と千鶴は思わず机に突っ伏す。

「な、なによ、突然・・・・・・」

「悪い悪い」

 美奈がにやりと笑う。

「山里君が本当に千鶴に釣り合うか、あたしががっつり見てあげる。で、あたしの眼鏡にかなうようなら全面的に応援する」

「美奈、本当?」

 千鶴は自分ではどうにかできる自信が全くなかった。特に、こうして美奈にはっきり恋している事を告げられると、多分まともに山里の事を見られなくなるのではと思う。

 ハンカチのプレゼントをして、ハンカチをもらったのが最後の接触になってしまう可能性もあった。

 しかし、美奈が応援してくれるとなると、きっと頑張れる気がする。

 ストーカー被害にあう前、修学旅行で東京に行く前の、うぬぼれていたずうずうしい自分になってでもアタックしていける気がした。

「でも、気に入らない奴だったら諦めてもらうからね!」

「え?う、うん」

 頷いてはみたものの、諦めるなんて出来る気がしない。美奈も、そんな事はすっかりお見通しなようで、クスリと笑うだけで、何も言わないでいてくれた。





 そんな話をしたにもかかわらず、それから何も進展がなかった。と、いうのも、二日後には期末試験。土日を挟んで火曜日まで試験があり、試験後もその週はテスト休みとなり、次に学校に来るのが月曜日となる。その後は一週間ほどで夏休みとなってしまうのだ。




「はああ~」

 月曜の授業が終わると美奈を前に千鶴はため息をついて机に突っ伏した。

「どうしたの?テスト良くなかった?」

「テストはいつも通り。そうじゃなくって、なんでこんな時期なんだろう・・・・・・。夏休みが恨めしいと思ったの生まれて初めてだよ・・・・・・」

 美奈はクスクス笑った。

「余裕があるってのは羨ましいね。テスト結果よりも山里君の事ね・・・・・・」

 千鶴は知らないようだが、山里の成績は学年五位らしい。

 一位は委員長の小夜子だ。

「山里君、携帯持ってないらしいよ」

 美奈の情報に千鶴もうなずく。

「あと、今まで気にしてなかったけど、授業の選択が違いすぎる」

 三年生になると半分近い授業が選択制となっていた。

 千鶴はどちらかというと理数系。山里は文系を主にとっていた。

 必然、今後も授業で一緒に過ごす時間が少ない。

 焦燥を煽るのが、小夜子の選択がほとんど山里とかぶっているそうだ。

 それもあって、担任は山里の試験範囲のチェックを小夜子にさせていたらしい。担任でありながらそういう事を積極的に自分でやりたがらない事務的な先生なのだ。それだけに人気がない。

「もう~。授業の選択やり直したい~。ここまで考えて選択取らなかったよ~」

 千鶴が嘆くので、美奈があきれたように言う。

「その頃、彼まだ来てないでしょ!とぼけてるんだから、この子は」

「えへへ~~」

 少し前までは、美奈とこんな話をするとは夢にも思っていなかった。グダグダとこういった話をしているのはとても楽しい。

 とはいえ、教室内なので、二人で顔を近づけてヒソヒソ話している。

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