第5話 黄泉路 1
下る時は、この階層の間の暗闇部分は、とても長かったのに、今度は数分歩いただけで明るい世界に抜け出す事が出来た。
といっても、その世界は薄暗く、信じられないくらいに巨大な木々が周囲をすっかり取り囲んで、広々と枝葉を広げたその隙間から、僅かに赤黒いもやもやとした光が洩れてきているだけだった。
周囲の木々は、背も高く、最初の枝までも、超高層ビルよりも高いと感じてしまうが、太さも桁はずれで、人が手をつないで囲むと五十人は必要なのではないかと思われた。
まるで自分が小さな蟻にでもなったかのようだが、周囲の草や藪の大きさは普通のサイズだった。だから、やはり木々が異常なほど巨大なのだと理解できる。
さっきは、すさまじいスピードで、この森を上から一瞬見ただけにすぎなかったが、今度は下から仰ぎ見る形となった。
「そうだ。ここにいる化け物は俺たちを見つける事が出来たんだ」
蛍太郎は、恐る恐る、上を見上げて、枝葉の間から僅かに見える空間の様子を探った。しかし、何も見つからなかった。
「気をつけた方がいいかもしれない。ここの化け物は、一つの都市ぐらいの大きさなんだから」
自分でそう言いつつ、とんでもない法螺話をしている気分だった。
少女は、蛍太郎が何を話しているのか少し考えているようだったが、その考えが何かの結論に達した様子もなく、あくびを一つしただけだった。蛍太郎にしても、気を付けようにも、どう気を付ければよいのかさっぱり分からず、ともかく今は、進んでいく事にした。
歩き出すと、すぐに足は地面を離れて、また空中を歩いて行く事となった。途中、巨大な幅の広い木の幹の中をすり抜けていきながら、やがて巨木の枝に達し、枝葉の天幕をくぐり抜けていった。森の木々たちは、下から見上げた時に想像した以上に巨大だった。一本の木が、東京タワーになるのではないかとと思うほど高い。
ようやく木々の梢の先に出ると、開けた視界に、異様な光景が映った。
赤黒い光を放つ空と、薄くかすれて見えなくなるまで真っ直ぐに続く大地。その大地の半分以上は木々で埋め尽くされており、所々、大きな湖が見える。
いくつか尖って突き出た山があり、すべての山は、すそ野が狭いにもかかわらず、背は非常に高く鋭く切り立っているため、まるで塔が建っているようにも見える。
遠近感がまったくつかめない空間のため、近づいてみれば、そのすそ野の幅も、相当なものなのかもしれない。山の中には、その頂が赤黒い靄に飲み込まれて、その全体が見えないものも少なくなかった。
それらは、来た時にも見た光景だった。
しかし、今度は靄と大地の間に、無数の竜巻が立ち昇っており、遠方、至近問わず荒れ狂っていた。
そして、恐らくは遥か遠くにいるのだろうが、ぐるりと蛍太郎たちの全周囲を、おびただしい数の化け物たちが取り囲んでいた。
化け物たちは、姿がかすむほど遠くにいて、ようやく蛍太郎と同じサイズに見える。
中には、それほど巨大でないものもいて、それらは、より近くにいたが、今度は、サイズが小さいので、姿形が分からなかった。
その数は数えきれるものではなく、姿がかすむ中ひしめき合い、ざわざわとした気配が蛍太郎にも届いてくる。化け物たちの姿は、ざっと見たところ、人型のものが半数ほどいるようだが、異形の化け物らしきシルエットも数多く見られた。
化け物たちは、明らかに蛍太郎たちに注目しており、こうして群がってきたのも、蛍太郎たちの存在を知っての事だろう。
最初に通った時も、蛍太郎を待ち伏せしていたのだろう。そして、その数が一気に増えた理由としては、一つしか考えられなかった。
寝ぼけ眼で、蛍太郎に手を引かれて歩いている、この幼い少女が一緒にいるからだろう。
なぜなのかは分からないが、それが原因である事には間違いないだろう。
この少女は、何者かによって封じ込められていたのだ。拘束され閉じ込められていたのだ。
その理由は分からないまでも、少女を閉じ込めた犯人は、これらの化け物たちではないのかと蛍太郎は疑っていた。
それが逃げ出したので、慌てて集まったのだろう。
化け物たちからは、こちらに向けて凄まじい憎悪と恐怖の念が感じられる。
いずれにせよ、蛍太郎にはどうする事も出来ない状況だった。
この空間が、これらの化け物に侵されない事を祈るだけである。
周囲が真っ白になった。白い閃光が蛍太郎の目を焼き、一瞬視力を奪った。この光だけで、蛍太郎は気を失いそうだった。
音は何も聞こえない。
ただ光が世界を覆い尽くし、目を閉じていても容赦なく視界すべてを白に染め上げていた。
光が急速に収まると、今度はすべての光が消失したかのように真っ暗になった。しかし、やがてぼんやりと明るい世界が戻ってきた。
蛍太郎の視力は、思っていたよりはるかに早く回復した。頭の奥は痛んだが、恐る恐る目を開けてみた。
世界の様相は一変していた。
大地には果てしなく深い、奈落のような大穴が口を開けており、穴の底は計り知れない闇の中に消え去っていた。すり鉢状のとてつもなく巨大なクレーターの淵が、視界が届くギリギリの所まで達していた。
大地を覆っていた木々は、すべて消え失せていて、灰色の岩のような地面になり変っていた。空も、蛍太郎たちの上空には赤黒い靄はなく、真黒な闇の空間が、遥かな高みに存在しているのが見えていた。
これが、あの化け物たちによる攻撃だった。
ここが地球であったならば、確実に破壊されているであろう程の破壊力だった。
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