第3話 第七層 3
「ちょ!田中さん!今、二万四千年って?」
蛍太郎が思わず叫ぶと、千鶴は事も無げに頷く。
「そうよ。二万四千百五十六年、二ヶ月と十八日、三時間十八分」
言ってから、千鶴が怪訝そうな表情を浮かべた。
「あれ?山里君は知らなかったの?」
知らない事の方が不思議そうだった。
「あの『深淵』・・・・・・。ちょっと無責任過ぎ・・・・・・」
千鶴が悪し様に誰かを非難するのは、付き合いの短い蛍太郎は初めてだった。そして、その無責任な深淵は、ルシオールの事だろうと察しが付いた。
「ごめん。俺、何も知らないんだ。深淵・・・・・・ルシオールは何も教えてくれなかったんだ。だから田中さん、教えてくれないかな?」
蛍太郎が言うと、千鶴は、座布団でもあるかのように、空中で正座をして頷いた。なので、蛍太郎も思わず空中であぐらをかく。
千鶴は話し出した。
「あたしが魔王になったのは、山里君の事を強く思う気持ちがあって、それがどんな魔物の心よりも強かったからなの。食べられて、食べて、食べられて、食べて。一万年ぐらいしたら魔王になっていたの」
「田中さんが魔王だなんて・・・・・・」
蛍太郎は心を痛める。恐ろしいと思う気持ちは微塵も湧かなかった。
言われて、千鶴はクスリと笑う。
「あたしもね、ちょっと不思議。あたしの心は山里君と過ごしたあの時のまま、何も変わっていないんだよ」
上目遣いで言ってくる千鶴は、確かにあの時のままだ。
「ただね・・・・・・。美奈の事が良く思い出せないのが悲しいの」
千鶴は蛍太郎の事を考える事で、地獄で意識を保ち続けていたので、その他のクラスメイトの顔はもちろんだが、大切な親友、川島美奈の顔が思い出せなくなっている。
美奈の名前を出した時、とても悲しそうな顔をした。
蛍太郎も黙り込んでしまう。
すると、話題を変えるように千鶴が言う。
「それとね。この地獄って、結構あたしたちみたいに、生きたまま落ちてくる人たちもいるのよ。人間じゃ無くって、動物とか、魚とかもだし、宇宙人みたいなのもいっぱい。魔物共は『ご馳走』なんて呼んでいるのだけど、あたしはそれが許せなくって。だから、あたしの魔王領では、生きたまま落ちてきた人間を沢山保護して町を作ったりしてるんだよ」
「町が?!」
蛍太郎は驚く。生きた人間の町が地獄にあるとは。
「あたしの部下も、元生きたまま落ちてきた人たちがほとんど。山里君にも見せてあげたいわ。色んな人種が住んでいて、結構賑やかなのよ」
千鶴の微笑みは、幼いようで、長く生きてきた者のすごみも感じられた。
「あたし、結構強いから、町の人たちを襲いに来た魔王たちも、ばったばったとやっつけてるんだ~!!」
千鶴は力こぶを出すポーズを取る。
言い方は可愛いが、倒した魔王を喰って、千鶴たちが力を増していっている事実が、言外に隠されていた。
千鶴が話を戻す。
「それで、この記憶はあたしが乗っ取った魔王の記憶なんだけど、それによると、『深淵』の誕生は約二百八十万年前。とんでもない力の誕生を察知した魔王たちは集結して、誕生を阻止しようとしたらしいのだけど、数十万の集まった魔王は全滅。深淵は、勝手に新しく第八階層を創造して引きこもってしまったらしいの」
封印されていた訳では無いのか?蛍太郎は驚くが、同時に納得もする。
封印されていたにしては、あの第八階層は、あまりにも可愛らしい風景だし、ルシオールを最初に見つけた時におでこに貼り付けられていた、封印でもされているかのようなお札も、剥がすでも無く、ほとんど抵抗なく勝手に剥がれ落ちた。ルシオールを縛っていた鎖だって、ボロボロ崩れて消えた。
むしろ、伸びに伸びていた、自分の髪の毛で動けなくなっていた。
あの景色も、ルシオールが自分で作る服同様、蛍太郎がイメージできるメルヘンチックな世界を再現した物だったのでは無いだろうか?
とすると、蛍太郎は、自分の発想の陳腐さが恥ずかしい。
千鶴の説明は続く。
「それで、魔王の勢力圏図は滅茶苦茶になったらしいの。ただ、深淵が何を望んでいるのか、誰も分からないから、ずっと警戒していたの」
蛍太郎はただ黙って聞いていた。
「それが、二万四千年前、深淵が動き出したの。魔王たちは皆戦慄して、再び集結したのね」
「・・・・・・魔王って、協力とかするんだな」
なんとなく自分勝手に暴れまくる暴虐な存在だと思っていた。
すると、千鶴も蛍太郎と同じ感想を持っているようで頷く。
「魔王が協力するのは、自分たちが危険になった時だけ。後は基本ただの破壊者よ」
嫌悪感を表すという事は、千鶴は違うのだろう。
「あいつ等が地上に出たがるのは、より広い宇宙を、好き勝手破壊したいからだし、四次元世界に縛り付けられている地獄から解放されて、より高次元の存在になりたいからなの。そんな事になったら、あたしの愛したこの宇宙が滅茶苦茶になるもの」
千鶴は両拳を胸の前で握って、「フンッ!」と力を入れ、「怒ってるんだぞ!」というポーズをとる。その仕草が可愛らしい。
「って事は、そうした悪い魔王に反対する勢力は田中さんの他にもいるって事?」
言われて、千鶴はまた頬を赤らめる。
「あ、あたしのは、山里君に再会する事だけが目的だから、そんなに協力してないけど、確かにそう言う勢力もあるのよ」
言われて、蛍太郎も照れる。ここまで自分の事を思ってくれているのが嬉しい。
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