第6話 地上 2

 と、同時に蛍太郎も現実と向き合わなければならなかった。このままでは、笑顔に潤されるどころか、灼熱の太陽に焼かれてしまう。早急に何とか手を打たねばならないだろう。

 残念ながら、蛍太郎はアウトドアやサバイバルの知識に精通してはいなかったが、知識が無いなりに何かをしなければいけない。

 そこで、とにかく人や集落でもないか、探してみる事を思い立った。ルシオールの手を引くと、太陽が中天に輝く砂漠のただ中に歩きだした。たちまち焼けつくような暑さが蛍太郎に襲いかかってくる。空気そのものが熱く、吸い込むと肺までが熱を帯びたようになり、呼吸が重苦しく感じた。


 はるか天空の太陽への恨み事を呟く前に、変事が生じた。



 ギョエエエエエエエエエーッ!


 蛍太郎たちの背後から、突然この世の物とも思えない叫び声が大気を震わせた。しかもそれは一つではなかった。蛍太郎は、今あとにしたばかりの岩場を振り返った。胃の辺りがよじれるような恐ろしい予感がする。


 頭の芯が中央に寄せられるような感覚に冷たい汗が流れた。そして、その予感は当たっていた。

 大きな岩の上や、岩と岩の間に、地獄で見た異形の化け物たちが姿を現していた。その化け物はみな、象より大きく、二階建ての家よりは小さかった。蛍太郎は地獄での経験から化け物たちの大きさで推測し、蛍太郎たちが最初に落ちた、第四層の化け物たちだとわかった。


 とはいっても、蛍太郎のクラスメイトを襲った、あの化け物ではなく、また新たな、見た事のない異形の化け物たちだった。

 ぐるりと見回すと、全部で五体の化け物がおり、それぞれ全く異なる姿をしていた。


 細い体にたくさんの触手を生やしたもの。魚のような顔で巨大な後ろ足が付いた六足歩行のもの。溶けかけているかのように、表面がドロドロとしたもの。昆虫の様に硬い外殻に覆われたもの。タコのようなグニュグニュした頭が、力強そうな獣の体にくっついたようなもの。


 それらは明らかに意志を持って現れており、ニヤニヤといやらしそうな残酷な笑みを浮かべているように見えた。

 実際には表情のはっきりしないものもいたが、その邪悪な意思は隠しようもなく蛍太郎に伝わって来ていた。

 化け物たちは、多田や千鶴たちを追い詰めて行った時の様に、まるでゲームでも楽しむかのようにゆっくりと蛍太郎とルシオールに近付いてきた。



 まだ距離はあった。

 しかし、触手の化け物が、一本の触手を伸ばしてきた。蛍太郎はルシオールを後ろにかばおうとしたが、その触手はあっという間にルシオールの体に巻き付き、ルシオールを高々と持ち上げた。そして、蛍太郎が何の反応も出来ないでいるうちに、ルシオールの体を地面に向かってすさまじい勢いで投げつけた。

 ズゴッオオオン!

 激しい衝突音がして、大量の砂煙が上がった。

「うあああああああ!」

 叫んでいるのは蛍太郎だった。


 蛍太郎は、また無力さを噛みしめ、再び底知れぬ絶望の恐怖を感じながら、地面に叩き付けられたルシオールの方へ走った。

 あれほどの勢いで叩き付けられたなら、体は原型を留めていないのではと思った。化け物も恐ろしいが、何よりそれを確認することの方が恐ろしかった。

 

 同時に、化け物たちへの恐怖は、すぐに身を焼きつくすかのような激しい憎悪へと変化する。化け物たちを殺したい。滅ぼしたい。いや、ただ滅ぼすのでは収まらない。時間をかけてゆっくりと苦痛を味あわせてやりたい。

 化け物どもに意思があるなら、恐怖と絶望と苦痛と後悔をたっぷり味あわせて命をそぎ取っていくのだ。

 瞬間的に爆発、拡大していく己の憎悪を蛍太郎はコントロールできないでいた。もっとも、いくら蛍太郎が化け物を憎悪しようと蛍太郎は化け物にどんな痛手も与える事など出来ないのが現実だった。

 蛍太郎は無力だった。


 しかし、化け物たちは蛍太郎などまるで眼中にないかのようにルシオールにばかり意識を向けていた。化け物たちの目当てはルシオールなのだ。

 奇妙な叫び声と共に大きく飛び上がった魚顔の化け物が、その口から燃えたぎる炎の塊をいくつも吐き出した。吐き出された炎の塊は、鋭く宙を横切り、一直線にルシオールの落ちた地面に激突して、何度も爆音を轟かせ、灼熱化した砂を大量に空に巻き上げた。

 熱風が離れた所にいる蛍太郎にも襲いかかり、蛍太郎は思わず腕で顔を覆った。

「ルシオール!」

 蛍太郎の叫びは、虚しく爆音にかき消された。

 激しい絶望感に打ちひしがれながら、蛍太郎は爆心地に駆け寄って行った。


 激しい砂煙の中、蛍太郎は奇跡を目撃した。

 ルシオールが立っていたのである。

 体には傷一つなく、身に纏ったシーツが少し裂けていた程度であった。

 フードが外れ、長い黄金の髪が大気にたゆたう。

 ルシオールは表情一つ変えず、感情も表わさず化け物たちを見つめていた。

 そして、僅かに手を上げてひらひら揺らした。



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