第8話 魔王 7

 入浴を終えた蛍太郎とルシオールが通された謁見の間は、これまた蛍太郎のイメージと違い、小さな部屋だった。大きさ的には学校の教室ぐらいあるのだが、大きな机と本棚があり、来客用のソファーとテーブルが部屋の中央に据え付けられ、まるで校長室の様な印象だった。

 蛍太郎のイメージでは、長細い広間で、石柱と衛兵がずらりと並んでいて、部屋の中央を赤いじゅうたんが走り、その先に数段のきざはしがあり、その最上段に玉座があり、そこに国王がおわします光景だった。

 どちらがより緊張を高める舞台だろうか。

 蛍太郎は、隣に立つルシオールの手を握る。

 ルシオールは眠そうにボンヤリと立っている。


 部屋の隅には二人ずつの衛兵が立っていた。衛兵は武器を持たず素手で、鎧なども身にまとわず、鍛えられた体のみで王を守っている。

 室内には、計八人の衛兵の他、グラーダ王、若騎士ジーン、アヴドゥル博士と一人の初老の魔導師の四人がいた。案内してきたリザリエはすでに退室している。


 蛍太郎は緊張し、あいさつの言葉がのどに張り付いてしまった。

 緊張しているのは、部屋にいた四人も同様で、二人の姿を眺めるのみで、誰一人声を出せずにいた。

 しばらくの沈黙の後、ようやく蛍太郎が言葉を発する事が出来た。

「あ、あの。いろいろありがとうございました」

 具体性に欠ける謝辞だったが、グラーダ王は頷くと笑顔を見せた。

「君が話の出来る人物でよかった」

 グラーダ王は、自分たちが座っているソファーの向かいの席を手で指し示した。蛍太郎は頭を下げるとルシオールを伴ってソファーに座った。ルシオールは、全く表情を変えずに大人しく促されるままに座り、じっとしていた。

「昨夜はゆっくり休まれたかな?」

 グラーダ王が話し始めた。

「はい。寝る所と食事を与えてくださって、ありがとうございます」

「なに、構わんよ。必要な物があったら何でも言ってみるといい。と言っても我が国は貧しい小国だ。希望に添えない事もあるかと思うが、我が国で用意できる物なら出来るだけの事はしよう」

「いえ、今は特にはありません」

 そんなやり取りをしていると、飲み物と菓子が運ばれてきた。それを合図として、衛兵たちが退室していった。室内には六人が残された。

「さて、本題に入ろう」

 グラーダ王が宣言した。



「まずは改めて自己紹介させて貰う。私がグラーダ国の国王、ファブラナダ・グラーダ二世だ」

 グラーダ二世は次々に出席している人物をさして紹介していく。

「彼は主席魔導顧問官のキエルア・デュアソール。私の補佐官兼相談役だ。それから、彼は客人の騎士、ジーン・ペンダートン。そして、こちらは客人研究員で、アヴドゥル博士だ」

 蛍太郎は、それぞれにペコリとお辞儀を返す。

 そして、初老の魔導師キエルアをジッと見つめた。

 厳しそうな雰囲気が感じられる。リザリエにむごい命令を下した人物であると蛍太郎は認識していた。


「それで一体、君は何者だ?」

 問うてから、グラーダ王は慌てたように言い方を改めた。

「いや、失礼した。君はどこから来たのかな?何のために来たのか、差し支えなければ教えていただきたい」

 もっともな質問ではあるが、蛍太郎はどこからどこまで話した方がいいか、また、全部話したとして、この異世界の住人たちに信じてもらえるのか、理解の許容範囲についても考慮しなければいけなかった。しかし、そんな心配は無用だった。

「君はおそらく、この世界、『エレス』の住人ではないね」

 白銀の騎士ジーンの指摘だったが、これはジーンの独創ではなく、アヴドゥル博士からなる推論だった。

「・・・・・・はい。ここが異世界である事に、自分も混乱しています」



 蛍太郎は覚悟を決め、これまでの経緯いきさつを語りだした。

 自分が住んでいた世界の話。雷と竜巻と謎の黒い手に襲われて地獄のトンネルに落ちた事。友人たちの凄絶な死。

 トンネルの先でルシオールを見つけた事。ルシオールと共に地上にでた事。

 やっと出られた地上世界が自分にとって異世界で、現在に至るまでの混乱した状況。

 ゲイルの裏切りによるルシオールの暴走について。

 蛍太郎が話している言葉や聞いている言葉が何らかの力により翻訳されている事。


 ルシオールが巻き起こす、不可思議な出来事について話す度に、蛍太郎は何とも矛盾した気持ちになった。蛍太郎にとってルシオールは、ただのか弱い少女でしかない。保護の対象であった。

 しかし、その少女が巻き起こす出来事は極端なまでに究極なカタストロフィーでしかなかった。

 その強大極まりない破壊現象は、あまりに蛍太郎の理解を超えていたし、ルシオールが引き起こしたに違いないと考えたとしても、それを気持が受け入れまいとしていた。

 そのルシオールは、とっくに蛍太郎の隣で、ちょこんと座ったまま寝息を立てている。運ばれてきたお菓子を食べ終えると、すぐに眠ってしまったのだ。

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