第4話 帰郷 5

 突如の激しい雷鳴。

 ただの雷鳴では無い。この世界全てを引き裂くかのような凄まじい光と音が、町全体を襲う。

 

 蛍太郎を殴りつけていた柴田が飛び上がって尻餅をつく。

 驚いた一人の教員が、慌てて遮光カーテンを開ける。

「う、うわあああああ~~~っっ!!」

 そして、悲鳴を上げる。

 その様子に、更に一人の教員も窓の外を見て、驚愕と恐怖に顔を引きつらせる。

「た、竜巻が・・・・・・」

 教員が見たのは、今までの蒼天が嘘のような曇天で、海に浮かぶように見える大島の上空に巨大な漏斗状の雲が、その先端を地上に向かって伸ばしているところだった。

「ば、ばかな・・・・・・」

 柴田がヨロヨロと窓に向かい、呆然とするだけの二人の教員を押しのけて外を見る。そして、他の二人同様、呆然とする。


「言いましたよね。竜巻はこんな物じゃ無い。もっと沢山出現するんだ。分かったなら、さっさと俺の縄をほどいて行かせて下さい。救える命があるはずだ」

 蛍太郎の言葉に、ようやく一人の教員が我に返る。

 そして、はさみで蛍太郎の紐を切る。

「君・・・・・・。救える命って、君も避難が必要じゃ無いか」

 今まで生徒を縛り上げていたというのに、急に常識的な事を言い出す教員に、蛍太郎は腹が立った。

「お構いなく。俺は出来るだけ多くの人を助けるためにここに来ただけです。先生方は、受け入れ準備と、あとは避難呼びかけの放送でも続けていて下さい」

 蛍太郎はそう言うと、放送室から飛び出していった。



 時間を無駄にしてしまった。捕まらなければ、少なくとも港まではたどり着けていたはずだ。最初から教員を打ち倒すつもりでいれば良かったと思ったが、直後に、エレスに毒されて凶暴になっている自分がいるのではと、小さく頭を振る。


 駐輪場に駆け込み、リュックを背負う。こうなってはヘルメットをしている時間も惜しい。

 蛍太郎は、ヘルメットを捨てると、勢いよくキックスターターを蹴り込む。

 そして、前輪を上げながら、道に飛び出していった。


 その時には、坂の下では無数の竜巻が発生して、海の水を巻き上げながら、町に迫って来ているところだった。

 その光景を見て蛍太郎の胃が縮む気がした。




 坂を下っていく蛍太郎は、驚く光景を見た。

 坂の下から、車が、人が続々と登って来ているのだ。

 あの放送は効果があったのか?


 蛍太郎の言うように、放送は下の町に届いていた。

 みんながみんな信じたわけでは無いが、空模様を意識した。空を眺めたり、確認するようになった。警戒する気持ちが生まれた。

 その為に、避難の初動が早かったのだ。

 それと、どこに避難するのかが、最初から指示されていた。だから迷わずに異変があったと同時に動けたのだ。


 人々とすれ違うため、バイクの速度は遅くならざるを得なかった。しかし、それでも蛍太郎は嬉しかった。


 高校からの避難放送も再開された。人々は高校を目指すだろう。

 

 少なくとも、町の人々の命は確実に多く救う事が出来たはずだ。

「あとは、この騒ぎを収束させる!!」

 決意を新たに、蛍太郎は港に向かう。



 坂の下の方で、父親の車とすれ違った。

 運転席の父も母も、蛍太郎に気付く。窓を開けて母が叫ぶ。

「蛍太郎!逃げなさい!!」

 それに対して、蛍太郎は笑顔で答える。

「俺は大丈夫だ。信じてくれてありがとう!!」

 すれ違いざま、車の中を見ると、後部座席にも、何人もの人が乗っていた。声を掛けたりしてくれていたようだ。

 最後にもう一度、両親の顔が見られた事は、思いがけない幸運だったと、蛍太郎はその幸運を噛みしめた。


 

 既に竜巻は船を巻き上げ、町に襲いかかっていた。屋根を、瓦礫を吹き上げながら、縦横に町をすりつぶしていく。

 蛍太郎は、その竜巻を避けつつ、港に急ぐ。

 町にはまだ逃げ惑う人たちがいる。

「高台へ!高校へ避難して下さい!!!高台へ!!」

 蛍太郎は叫びながらバイクを走らせる。

 

 瓦礫や小石が降ってくる。

 港に近づくにつれ、道にも瓦礫が散乱している。

「うわああっ!!」

 その瓦礫にタイヤを取られて、蛍太郎は転倒してしまった。

 バイクから転げ落ちてしまったが、その直後に、バイクが竜巻に巻き込まれてしまった。

「やばい!」

 蛍太郎はすぐに立ち上がって、竜巻から走って逃げる。

 竜巻は、蛍太郎の方には向かわず逸れていった。

「あと少しで港なのに」

 呟いて蛍太郎は、すぐに走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る