第3話 仲間その1 牛
ミノタウロスが、立ったままでじっと僕を見る。
その眼差しに敵意はなく。むしろ、僕に忠実であるかのように。
「……発動した、のか?」
自分の右手を見てみるが、特に何も変わりない。というか、別に右手は何も関係ないか。
問題は、このミノタウロスだ。
てっきり、レベルの低いうちには弱い魔物しか仲間にならないとばかり思っていたのだけれど、違ったのだろうか。ミノタウロスってそれなりに高いレベルの魔物だったはずだし。
「あ、あんた! 危険だ! 逃げ……!」
「あー……」
そして、僕が魔物使いだということは現在、僕しか知らない事実である。冒険者の彼らにしてみれば、ミノタウロスの前で僕が呆然と立ち尽くしているかのように見えるかもしれない。
まぁ、実際にこのままミノタウロスが襲いかかってきたとしても、返り討ちにする自信はあるのだけれど。
ふっ、と僕は戦士風の男へ向けて、笑みを浮かべる。
この場をなんとか、問題なく切り抜けなければならない。まぁ普通、魔物使いとかいるわけないと思うだろうしね。
ふんっ、と僕は両手を前に突き出した。
「両手を出せっ!」
「グオォ!」
ミノタウロスは僕の言葉と共に、重い武器を落として両手を突き出す。
これが魔物調教レベル1の効果ということだろうか。僕の命令にあっさり従うミノタウロスに、思わず驚く。
それが突き出した僕の両手と重なり、自然と力比べのような姿勢となった。勿論、お互いに手を出しているだけなので、それほど力は入れていないし体重も乗せていない。さすがに、ミノタウロスと本気の力比べだと僕だって負けそうである。
だが、あの三人からどう見えているのか――僕が命がけでミノタウロスを止めている、と見えるのではなかろうか。
ちょっと無理やりだけれど、どうにか誤魔化そう。
「お前たち! 今のうちに逃げるんだ!」
「そんなっ! あんたを置いて……!」
「ここは僕が止める! 早く! 長くはもたない!」
「くっ……!」
戦士の男が、悔しそうに歯噛みする。
とりあえず、早くどっかに行ってほしい。色々と調べたいこともあるし。僕の《
魔術師の女が、戦士の男の手を掴んで引っ張る。どうやら、あちらは逃げる気満々のようだ。
「カイト! 早く逃げましょう! ミノタウロスには勝てないわ!」
「でもユリア! 俺たちのせいで、あの人が……!」
「私たちが邪魔をすれば、あの人も本気が出せないのよ! 早く!」
「くそっ……! なぁ! あんた!」
む。
あれは僕を呼んでいるのだろうか。ちょっとミノタウロスの全身とか確認してたのに。
もうこれ以上彼らに用事はないから、早くどっか行ってほしい。
「あんた! 名前を教えてくれ! 俺はカイト・ディッケンスだ!」
「ノア・ホワイトフィールドだ!」
「ノア! 心から感謝する! どうか生き延びてくれ!」
「カイト! 早く!」
「くっ……!」
三つの足音が、離れてゆくのが聞こえる。
それが次第に奥へ向かい、ほとんど見えなくなったところで、僕は両手を下ろした。
猿芝居だったけれど、騙されてくれたようで助かった。まぁ、あの瞬間にミノタウロスが僕の仲間になったとか、そんな発想普通ないよね。
「もういいよ」
「グルル……」
ミノタウロスが手を引き、直立姿勢に戻る。
どうやら、僕の言うことを完全に聞いてくれるらしい。どのくらい複雑な命令まで可能なのかは分からないけれど。
そのあたりは、色々と実験をしてゆく必要があるだろう。
「《
力ある言葉を発すると共に、僕の視界に半透明の文字が浮かび上がる。
今回の対象は、僕じゃない。この、先程仲間になったばかりのミノタウロスに向けたものだ。
名前:なし
職業:ミノタウロスレベル45
スキル
鈍器格闘レベル45
魔術耐性レベル40
物理耐性レベル20
隷属の鎖
八割は、普通のミノタウロスだ。
名前がないのも当然だし、ミノタウロスは魔術耐性、物理耐性の両方を持っているのだ。僅かに物理耐性の方が低いけれど、それに加えて高い生命力を保つために、無駄に体力が高く感じるのだ。
だが問題は、新しいスキルである『隷属の鎖』だ。
さらに深く解析してみる。
隷属の鎖
スキル魔物捕獲によって捕獲された証。捕獲者の魔物使いに絶対服従する。
「ほー……」
完璧だ。
これで、完全にミノタウロスは僕に忠実というわけだ。実に素晴らしい。
そして、そんな僕はというと。
名前:ノア・ホワイトフィールド
職業:魔物使いレベル2
スキル
剣技レベル99
体術レベル88
基礎魔術レベル43
雷魔術レベル45
回復魔術レベル26
魔物捕獲レベル2
魔物調教レベル2
魔物使いのレベルが上がっていた。
やっぱり、魔物を仲間にすることでレベルアップするという代物らしい。どういう経緯で仲間になったのかは不明だが、やはり確率なのだろうか。もしも今まで倒してきた魔物全部との確率なのであれば、物凄く低い数値だ。
この調子だと、この迷宮を出るまでにもう一匹仲間になるかどうか、くらいのものだ。
「まぁ、実験は色々続けてみよう。もしかすると、別の結果が出るかもしれないしね」
「グルル……」
「ミノタウロス、一緒に来い。僕の周りに現れた魔物を倒せ」
「グオオオオオッ!!」
いやー、実に便利だ。
これから、こいつに戦闘を任せればいいだろう。そうすれば、僕は高みの見物ができる。
実際、さっき現れた芋虫みたいな魔物を、一撃で倒したし。
「ああ、そうだ。お前にも名前をつけてやらなきゃな」
「グルル……?」
「お前の名前はミロだ。これからはそう呼ぶからね」
「グオオオオオッ!!」
言葉は通じないけれど、なんとなく僕とミノタウロス――ミロの間に、信頼というか絆がある感じがする。
そんな風に思いながら、僕はミロと共にこの遺跡の入り口を目指して、歩き始めた。
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