第20話 大使

「ジェシカ、こちらへ来て座りなさい。ノア様に紹介しますわ」


「はい、ははう……陛下!」


 突然現れた幼女――ジェシカが、とてとてと歩いてフェリアナの隣に座る。

 いや、ちょっと待って。いきなり現れた幼女が大使とか名乗ってる現状に、僕は混乱しているわけなんだけれど。何これ。

 隣のアリサも、眉根を寄せながら訝しそうにしているし。アリサの場合、大使の意味が分かってなさそうではあるけど。


「改めて紹介いたしますわ。今回、条文の中にありました大使を、この娘に任せようと思っております」


「……その娘が大使、ですか?」


「ええ。名乗りからも分かったと思いますが、オルヴァンス王家の正当な血を引く娘ですわ。少々幼いですが、聡い娘です。今後、オルヴァンス王国とグランディザイアの架け橋になってくれることでしょう」


「……」


 改めてジェシカを見る。

 どことなく緊張しているようで、表情は硬い。座った膝の上に握り拳を置いているが、その手が僅かに震えているのが分かる。やっぱり隣に自国の女王、目の前に隣国のがいる状態って緊張するよね。

 ではなく。


「……」


 まじまじと、ジェシカを見る。

 幼女だ。紛うことなき幼女だ。

 まぁ、幼女といっても人によって基準は違うと思う。だけれど、この娘はどう見ても幼女だ。十人いれば十人が幼女だと答えるだろう、と思われるくらいに幼女だ。

 金色の髪を頭の両方で縛って、そのまま垂らしている。顔立ちはフェリアナによく似た整ったものだが、全体的にあどけない印象を抱かせるのはその年齢ゆえだろう。ソファに腰掛けながらにして、その足が床についていないあたり、もう完全に子供である。

 僕と目が合うと共に、はっ――とジェシカが僕から目を背けた。

 ……あれ、いきなり嫌われてんの、僕?


「失礼ですが、フェリアナ様」


「ジェシカは、わたくしの娘ですわ」


「え」


 え、娘?

 フェリアナ、僕と変わらない年齢くらいだと思ってたんだけど。もうこんな大きい娘がいるの?

 あれかな。王族って生まれたときから婚約者が決まってるとかそういう話を聞くし、若くして産んだのかな。


「間違いなくわたくしが腹を痛めて産んだ、オルヴァンス女王の娘にございます。やはりグランディザイアとの友好の証としては、家格も必要かと思いまして」


「いや、でも……」


「ジェシカはまだ八歳ですが、聡明な娘ですわ。勿論、ジェシカが大使を行うにあたって、わたくしが全面的にバックアップをいたしますし、能力についても保証いたします。国事についてのご提案などございましたら、ジェシカに仰っていただければ、そのままわたくしに繋がるものとお考えくださいませ」


「よ、よろしくお願いします、ノア様!」


「……」


 ええと。

 僕の知ってる大使って、外交官とかそういう立場のものだ。でも、こんな幼い――フェリアナ曰く八歳の幼女が来るとかどういうことなんだろう。

 しかも大使なのに難しいことが理解できないから、基本的には全ての国事について判断するのはフェリアナになる、ということだ。それ、大使の意味あるんだろうか。

 え、何。僕の知ってる大使と、オルヴァンス王国の大使って違うの?


「あ、あの、フェリアナ様」


「はい、ノア様」


「ど、どういうこと、ですか……?」


「ジェシカを、貴国に派遣いたしますわ。ジェシカがこれから、オルヴァンスとグランディザイアの友好の繋がりとなってくれること、心から期待しております」


 フェリアナの中では、ジェシカが僕の国に来ることは決定事項であるらしい。

 一体全体、どうしてそうなったのだろう。普通に考えれば、国と国との条約を締結するわけだし、そこで大使として幼女を派遣するって、僕を馬鹿にしているようなものじゃないか。

 あなたの国に派遣するのは、こんな小さな娘で十分ですよー、ってこと?


『助けてドレイク』


『どうなさったのですか、ノア様』


『なんか大使って言われて幼女を紹介された』


『その情報だけ伝えられてもさっぱり分からないのですが』


 いや、そりゃそうだよね。僕だって分からない。

 何の意味があるのさ。女王の娘が大使になるとか。もっとこう、国外でも僕の国との交渉ができる奴とか、そういうのが来るんじゃないのか普通。


『いや、だから……その、条文にあった大使。なんか、フェリアナの娘が来るって』


『……フェリアナ女王の娘、ですか?』


『うん。名前はジェシカ。八歳だって。僕、馬鹿にされてない?』


『……』


 通話している向こうで、ドレイクが考えている気配が分かる。

 その間も、フェリアナは色々と大使について話していたけれど、聞いているのは誰もいない。僕はドレイクと通話しているし、緊張している様子のジェシカに、「大丈夫か?」とアリサが話しかけてるし。

 そんなアリサに「だ、大丈夫です!」と返しながらも、ジェシカが膝に置いた握り拳の震えはいつまでも止まっていなかった。

 そんなに僕、緊張する相手なのかな。もっとフランクになってくれていいのよ。

 どことなく、顔が赤いような気もするし。


『……なるほど』


『何か分かったの?』


 長い沈黙を超えて、ようやくドレイクから反応があった。


『いえ、最初から大使については、疑問ではあったのです。どのような人物が派遣される

のかと』


『うん。僕はてっきり、国同士の交渉をする立場の人が来るんだと思ってたんだけど』


『私もそう考えていました。ですが、女王の考えは少し違うようです』


『どういうこと?』


『大使というのは良い言い方ですな……要は、人質です』


 え。

 人質って、あれだよね。返して欲しければお金を用意しろとか、そういう。

 別に人質いなくても、金銭的な援助はしてくれるとか言ってたけど、どういうことだろう。


『……人質?』


『ええ。オルヴァンス側から女王の娘を、我が国に送るということです。もしもオルヴァンス王国が我が国を裏切ったときには、その娘を見せしめに殺してもいいと……そういう意味合いで送ってきたのでしょう』


『はぁっ!?』


 僕、女の子を殺す趣味なんてないよ。

 そもそも裏切ることなんて考えてないし。条文からして、対等の立場だとばかり思ってたんだけど。


『いえ……まさか、そんな手を使ってくるとは思いませんでした。そして、大使の選出にあたって我々が介入することはできません。ましてや、それが王族の……女王の血縁となれば、尚更です。拒むことはできません』


『な、何なのさ。何を……』


『ノア様。もしも我が国にその娘……ジェシカ姫がやってきた場合、どのような待遇をなさいますか?』


『……そりゃ、友好の証だってことだし、ちゃんとした場所に住んでもらうとか?』


『ジェシカ姫は王族です。少なくない世話係と共にやってくるでしょう。誰一人伴うことなく、一人で来いとはジェシカ姫の立場を考えると言えません』


『そりゃ……』


 王族だから、それなりにお世話する人っているよね。女官とか。

 そういう人たちも、ちゃんと暮らせるような場所を作らないといけないってことなのかな。でも、それがドレイクの狼狽に繋がる理由がさっぱり分からない。


『その世話係の中に、諜報員が潜んでいたとしても、我々には拒むことができないのですよ』


『――っ!』


『我が国の内情は、全て筒抜けになるでしょう。オルヴァンス側から条約を反故にすることはないと思いますが……ただ友好的なだけではなく、そのように我が国に楔まで打ってきたということです。かといって、こちらがどのような手を打つこともできない……上手い手を使うものです』


『……』


 僕の視線に対して、にこにこと微笑むフェリアナ。

 そんな友好的な笑顔を示しているはずのフェリアナが。


『オルヴァンスの女狐』と称されている、その理由が分かった気がした。

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